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    「 理想の恋のこわしかた 」

SCENE 6 * 甘いオオカミ *


オオカミに、咬まれた。

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 ホッケー版ストラックアウト入荷しました、と大きく書かれた呼びこみ用のノボリが揺れている。
 リンクで会って、スケートを教えてもらったことが2回。今日は初めてリンクの外で会うことになって、封切られたばかりのロードショーを観たあとで、となりにあった複合施設の前を通りかかった。
 ゲームコーナーに掲げられたノボリを見て、どちらからともなく足を止めた。
「へえ……ストラックアウトってホッケー版もあるの? おもしろそう」
 はいってみようよ、とカレルを誘ってゲームコーナーの中へ足を踏みいれた。
 小ぶりに作られたゴールネットの正面に張られた板が四分割され、1、2、3、4と番号が印刷されている。
 板は薄いスチロール製だろうか。パックが当たれば枠からはずれて落ちる、というしくみらしかった。
 挑戦者らしい白人の男性が短めにできたホッケースティックを振り、派手にシュートを外してくやしそうに天を仰いだ。
 横を向くと、腕を組んだり足を動かしたりしながら眺めているカレルの姿。珍しくそわそわしている。
「やってみたいんでしょ?」
「え?……いや、ぜんぜん」
 うそばっかり。
 答える口元が笑っていたのを見ちゃったもん。
「たったの600円だよ? こういうのって楽しんじゃった者勝ちでしょ。わたしやってみよっと」
「え?!」
 よしの、と困った声でわたしのあとを追ってくる。
 受付のひとにお金を払うと、本物よりずっとやわらかい樹脂製のオレンジ色のパックをマットのうえに積んで、黒いブレードのついたスティックを差しだしてくれた。
「はい、こちらがスティックになりまーす。これでパックを打って、的に当ててくださいね。パックは5個あります。ぜんぶの的を落とせば豪華なプレゼントがありますよ」
 ミネソタ・ワイルドのジャージを着た若い女性が慣れたようすで指示した。
 緑色のネットがカーテンのように引かれて、壁際に設置されたゴールネットとわたしだけの空間ができる。
 ネットの向こうから、しょうがねーな、って感じでカレルが見ていた。
 パックをひとつ手に取り、マット上に四角い枠取りがされた定位置に置いた。的を見てだいたいの距離感をつかみ、スティックを振る。
 肩にちからがはいりすぎてたのか、樹脂製の軽いパックはゴールネットのうえを飛んで壁に当たった。
 続けてもう1個。今度は左に大きく逸れた。
  ……おかしいわね。
 カレルの練習を見た時も、国際交流試合を見た時も、みんな簡単そうに打っていたのに。
 3個めは右に飛んだ。なかなか当たるものじゃないらしい。
 ネットの向こうにいるカレルを見ると、両手でスティックを持つかっこうをしてから右手をいったん外し、ちょっと離れた部分をにぎるジェスチャーを示した。
 オーケー。両手の間隔をあけろということね。
 言われたとおりにして打つと、かっ、と軽い音がして2番に当たった。でも的は落ちない。
「あー、惜しい」
 ホッケージャージの女性が合いの手を入れてくれる。
 もう一度。最後のパックはわずかに浮いて、また2番に当たった。
 かた、と申し訳なさそうに的が外れて落ちる。
「お見事ー!」
 まったく感動していないような声で女性が言う。
 ネットのカーテンを開けて、スティックを返した。
「彼氏さんもどうですかー」
 ホッケージャージの女性は、わたしが返したスティックの持ち手をうえにして今度はカレルに差しだした。
 しばらく考えて、やがて肩で息をついてからポケットの小銭を探りはじめる。
 なんとなく気分が上向きになったのは甘い誤解のせいか、それとも彼がスティックを受け取ったからか。
 どちらにしても、早くなる鼓動を抱えたわたしは、600円を払ってパックをもらいうけたカレルと入れ替わりでネットの外にでた。  
「パーフェクトがでるようにがんばってくださいねー」
 女性はいまやどうでもよさそうな声になった。
 本物と比べるとおもちゃみたいな長さのスティックを構えて、カレルが的を見据える。髪が目元を隠したので、わたしの位置からそのまなざしは見えない。
 オレンジ色のパックが直線を描いて飛んでゆく。
 いきなり的を砕く、ぱりん、という音が響いた。
 え、という表情でホッケージャージの女性が顔をあげる。
 続けて2発。慣れた様子でパックを弾き飛ばす。軽やかな音がして次々に的が落ちた。  
 なんとなく周りに集まって見ていた数人のひとたちから歓声があがり、カナダ国旗のプリントされたTシャツを着た白人男性が口笛を吹く。
 コンクリートのゲームコーナーが一気に盛りあがった。
 全部で4シュート。
 すべて命中した結果、パックはひとつ余ってしまった。
 スティックの先でもてあそぶように揺らし、 5個目のパックを打つ。あっけなくネットの中に吸いこまれた。  
「すごいですね、もしかしてホッケー経験者ですか?」
 女性が、さっきとは打って変わった表情で質問を投げた。
 スティックを返しながら、はぁ、とカレルがうなずいてみせる。
「パックさばきもスピードも文句なしでした。パーフェクトの彼に拍手をどうぞー!」
 小さな景品が手渡され、朗らかなメゾソプラノの声に見送られる。拍手がそれに続いた。
 ちょっとうつむいたカレルの横顔は、髪に隠れてはっきり見えない。
 近くにいた女の子たちが、カレルの動きにあわせて視線で追いかけた。ハーフかな、というささやき声も届いた。
「ハイこれ。豪華なプレゼント」
 わたしのとなりに立って、ホッケージャージの女性から手渡されたパッケージを見せる。
 ストラップだった。ミニチュアの黒いパックがついたものと、同じく小さなホッケースティックがついたものと2本セットになっていた。
 小さいわりに、細部まで意外とよくできている。
「よしのにあげるよ」
「実力で勝ちとったんだからカレルのものでしょ」
「でもよしのに誘われなかったら、ぜったいやってなかったから……じゃあ、分けあうってのは? どっちか1本選んで」
 それっておそろいってことかぁ、と思ったら自然と口元がゆるんでしまった。
 ふふふ、なんだか恋人同士みたいだ。
「なににこにこしてんの?」
 はっとしてカレルを見た。
「えっ、いや……これよくできてて可愛いなあって。ありがと」
 言いながらホッケースティックのついてるほうを選んだ。
「だよなあ、うちのリンクで売ってるオフィシャルグッズより精巧かも」
 黒いパックのついたストラップを見ながら、やわらかい瞳が真剣になった。
「……ねえ、どうして――どうしてホッケー、やらないの」
 ほんの好奇心だった。
 呼吸をするように鮮やかにシュートを決めたカレルがうらやましくて、訊いた。
 でも、そんな問いを口走ったことを、わたしはすぐに後悔した。
 音が聞こえそうな勢いで顔から笑みを消し、カレルはストラップをジーンズの後ろのポケットにしまいこむ。
「もっと見てみたいよ、本当にできるひとのホッケー」
「だったら、俺なんかよりほかにいっぱいいるよ。リンクにもテレビの中にも」 
 おそろいのストラップをショルダーバッグのポケットに入れる。歩きだした彼に並んだ。
「そうじゃなくて。わたしが言ってるのはあなたのことなの」
 黙ったカレルと並んで歩く。
 わたしの言ったことが聞こえているのは、ため息をついた横顔でわかった。でも、どうして表情が固くなってしまったのかわからない。
 ゲームコーナーのエスカレーターを降り、人込みをよけて駅まで歩きながら話を続ける。
「好きなんだよね? ホッケーのこと」
「好きだよ」
「それに才能もあるのに」
「それはどうかな……才能なんて、よく聞くほどどこにでも転がってるもんじゃないし。ほとんどのひとにとっては、練習に打ちこめるだけの集中力が続くか続かないかの差だろ」
 重みのある言葉だった。
 なにか言おうとして、返す言葉が見つからずに黙りこんだ。
 黙ったまま、わたしたちは人波を渡るようにして歩き、改札を目指した。
 ときおり髪のあいだから見え隠れする横顔や、セーターの肩、大きな黒い靴の先ばかり見ていた。
「好きでもどうにもできない。兄貴が実業団に入ってうまくやってるとこを見れば憧れもする。そういう状況で比べるなっていわれても、俺にはできなかった」
 改札までやってくると、そこでやっとカレルはわたしを見た。
「それだけだ」



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