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サジタリアスの女 1

 

 

 暗証番号を押して真夜中のエントランスホールにふみこむと、すでにクーラーは切られていた。
 熱気に包まれはじめたホールで、防犯カメラが音もなく作動している。
 玄関を通り、郵便受けからつかみだした数枚の封筒を確かめながらエレベーターへ向かう。
 電話料金値上げの知らせ、高級分譲住宅の売り出し広告、高級墓地値下げ広告、『アジアン・ビジネス』年間購読申し込み書、それに『プレイボーイ』年間購読申し込み書。
 ろくでもない勧誘にまじって、写真つきの葉書が一枚あった。
 ワークシューズの足が歩みを止める。
 タキシードと白いドレスで教会の前にたたずむ一組の男女の下に、『Just Married』の文字が見えたとたん、ケッとのどが鳴った。
「……趣味悪ィよ、お前ら」
 上階へ行くボタンを押して待っているあいだ、銀の鏡のように滑らかなエレベーターの扉に自分の姿がうつっていた。
 いますぐドライクリーニングの必要があるジャケットと、襟がくたくたになったシャツ。はずしたネクタイはポケットの中だ。身体はぼろきれのようなのに、伸びすぎた前髪の合間からのぞく両眼だけが用心深そうに光っている。
 長い一日を終えて帰宅した疲れた男に、Tシャツにジーンズ姿の少年の面影が、つかのまオーバーラップして見えた――。

 

 

 一時期、母と同じ通訳をめざしていたこともあり、外国語検定では英語と中国語でAレベル、日本語は準Aレベルを取得済みだった。
 高等部に上がってからでも、英語ディベートで入賞すること2回。
 だが優勝をねらって参加した3回目の討論中に、傍聴席にいた教師と激しい言いあいになり、壇上にあがってきたその教師の拳を避けようとしてねじふせた。相手の腕の骨にはひびが入り、教師は全治3週間のけがを負わせたとして停学処分にするよう学校長に要求した。
 けっきょく教師は他の学校にうつってゆき、自分は正当防衛が認められて謹慎処分ですんだが、胸に残ったのは後味の悪い感情だけだった。
 理論にまかせて人を言い負かそうとすることが、時としてどんなに危険なことか初めて学んだ。だからといって尻込みするつもりはまったくない。要は節度をわきまえればいいのだ。今まで意識していなかった社会の一部を垣間見た気がした。
 そんな経験があったからか、語学よりも法学や社会学といった分野に興味をもちだした。
「法学部ね……。この点数なら、第一志望のカムナギ大学から入学許可がおりてるようなもんだけど、久下君ほど英語力のある生徒なら一度海外にでてみたら?」
 大学進学者を対象におこなわれる適性テストの結果を見ながら、笹生宝蓮(さそう ほうれん)は日本語でそう言った。テストはほぼ3カ月に一度各高校で受験でき、受験者はスコアレポートを希望の大学に提出するしくみになっている。何度でも受けられるので、生徒達はいちばん高いスコアを提出できる。
 今期で卒業を予定している久下哲笙は、アドバイザーと並んでイスに腰かけたまま日本語で答えた。
「台湾なら研修生として行ったことがあります」
 彼女が教える上級クラスのアシスタントをしていた頃から、二人での会話はほとんど日本語だった。
「うん、そうだね。でも私が言ってるのは英語圏のこと。アメリカの大学では、実に質のいい法学を教えているんだよ」
「アメリカの、大学ですか……?」
「きみのところはご両親も理解のあるすばらしい人たちだし、恵まれているんだから考えたことぐらいあるでしょう」
 宝蓮は金縁のメガネを外して哲笙の顔に視線を注いだ。
「考えたことはあります。でも俺はアメリカで生きていくわけじゃないし、カムナギ大学を蹴ってまで行きたいとは思いません。それに……先生が言うほど恵まれているわけでもありません」
「あら、心外だこと。私は久下君ほど自分のことがよく見えている生徒もいないかと思ってたけど。お父さんはこの国をしょって立つ政治家だし、お母さんは3カ国語を流暢に話す一級の通訳。この学校に通う生徒の中でも両親がそろって成功している例は稀だよ。離婚したり海外赴任になったりして、入れ替わりの激しいのが国際学校の一面だからね」
「確かに両親ともにいますけど……」
 哲笙は内心、またこの話か、と思いながら細く息をついた。
 いくら両親が健在だといったって、父と母がろくに顔を合わせることもない家のどこが恵まれているというのか。運がよければどちらかの親と食事することもあるが、そんなことはごく稀で、普段は家にいる執事が世話をしてくれる。6歳下の弟ははじめの頃こそ母でなければイヤだとごねたりもしたが、今では執事がいないと食事もとらなくなった。
 物心ついたころからそんな環境で育ったため、それが普通だと思って疑いもしなかった。ある日遊びに行った友達の家で両親が一緒に迎えてくれて、はじめて自分の家がすこし違う環境なのだと悟った。
「あの家の中でおこっていることなんて、住んでいる者にしか判らないんです。どんなに成功しているように見えても、家の内側からしか判らないことってたくさんある。先生だってテレビや雑誌で知ってるでしょう、父が裏でどんなあくどいことをしてるかくらい。政治家なんて多かれ少なかれみんなそうですけどね」
「久下君」
 彼女は少し面食らったようすで体をひいた。
「判ってます、俺はべつにそんな父が嫌いじゃない。どんなにずる賢いことをしていても、それだけで汚い人間だなんて思うほど潔癖じゃないですよ……だって父は多分、家族との普通の生活を犠牲にして、今の成功を勝ちとったんだと思うから。恵まれてる部分もあるけど、みんなが持ってて当然と思えるものは、意外と手に入れてなかったりするんです」
「……きみは、年のわりに悟りすぎてるね。10代のうちは、もっとああだこうだ言って周りを困らせることやったほうがいい」
「しましたよ、いろいろと」
 哲笙は背もたれに体重をあずけて言った。高等部に上がってからもう2年もたっている。そのあいだに体が覚えたことは数知れない。
「また謹慎処分になるのはごめんですからね」
「他にもそんな目にあうようなことをしたのか」
「……まあ、それなりに」
 中には法に触れることもあったとは、さすがに口にはだせない。
 体ごとイスを右に左にまわし、涼しい顔をしてそう答えた哲笙を見ながら、彼女はため息をついた。
「前言撤回だ、10代のうちからあんまりスレるなよ。ろくな目に合わない」
 デスクのひきだしから一枚の紙をとりだして差しだす。
「これは今期の留学プログラムの募集要項だ。夏のあいだだけだが、9単位まで取得できる。おまけに現地校での卒業式に参加できるんだ。興味があるなら書類をだしてくれれば私から提出しておくよ」
 英文でプリントされたその募集要項をうけとって、まず飛びこんできた文字が口からこぼれた。
「ワシントンDCですか」
「行ってみたいかね」
「……アメリカの中枢ですからね」
 哲笙の脳裏に、緑に囲まれた敷地に立つホワイトハウスと白亜の議事堂などが瞬いた。リンカーンメモリアルや無名兵士の墓地。アメリカの歴史が眠り、新しい歴史が作られる街――。それに何より、DCにはあの機関がある。
 行ってみたい。
 自然とそんな気持ちがわきあがっていた。それが始まりだった。
 1週間後、哲笙は留学プログラム希望者として書類を提出した。

 

 

 化学の実験を一番で終えて教室をでると午後3時半をすこしすぎていた。哲笙は右肩にバックパックを背負って3階まで駆けあがる。
「悪いけど、遅刻者はみんなにコーヒー入れてね」
 スタディルームの茶色いドアをあけると、閉める暇もなくリサにそう言われ、とたんにバックパックが肩からはずれた。
「……これでも急いで終わらせてきたんだけど」
「努力は認めるわ」
 はい、お水汲んで、とガラスのポットを押しつけられて、哲笙は小さく毒づいた。適当なところにバックパックをおろして、部屋のすみにあるプラスティックの給水タンクにとりつけてある蛇口にポットを当てる。
「試験どうだったんだ? 最終審査の結果出たんだろ、DC留学の」
 デスクの上にナイキを履いたまま足を投げだしていたブライトが訊いてきた。
「通ったよ」
「よっしゃあーッ! 俺の勝ちだ、ソンジン」
「くそっ、もうけやがって……」
 ソンジンは舌打ちするとズボンのポケットから財布をとりだす。
 14人中たったひとりの合格者におさまったというのに、おめでとうの言葉もない友人ふたりをななめに見て目を細めると言ってやった。
「……そういうヤツだよ、おまえらは」
 たっぷり5人分の水をポットからコーヒーメーカーに注いでスイッチを入れると、空いたイスに座りながらブライトのナイキをデスクから払い落とし、そこに両肘をつく。ブライトは仕方なく体勢をたてなおすと、少し横に動きながら首を振った。
「紙の上や面接からじゃ、こういうヤツだってことは読みとれないしさ」
「言ってろ」
 口元だけつりあげるようにして笑ったとき、それまで黙って小さなソファで本を読んでいたアリシアが、やっと口を開いた。
「――頼んでおいた問題、考えてきてくれた?」
 ふりかえって見た彼女の表情は思ったよりずっと険しかった。最後に電話で話したのは先週のことだ。
「ああ、まだ途中までだけど、一応ね」
 ここに集まったリサとソンジンは11年生、アリシア、ブライト、そして哲笙は12年生である。
 彼らは生徒会でもなんでもなく、ときどき集まっては高校生活をいかに愉しく、かつ有効に過ごすかで頭をめぐらせていた。これまでの業績としては、全校生徒・教師の人気投票や(男子生徒部門はブライトの圧勝だった)、ダンスパーティーの開催、市内を横断するオリエンテーリング形式の期末試験、英語ディベートの設立、屋上カフェやフリーマーケットの設立などがある。
 哲笙たちが卒業前の最後の課題として目下とりくんでいるのが、先生たちと競いあう期末試験だった。世界史、東洋史、天文学、化学、英米文学など、有志の先生と半分ずつ期末試験問題を出し合って、どちらがより高度な問題を出題したか正答率を計るというものである。この場合、正答率の低いほうが上になる。
 しかし負けるとそれなりのペナルティを受けなければならない。教師側も生徒側も、負けたら待っているのは市内一高い橋の上からのバンジージャンプだ。この橋は同時に国内一高い橋でもあり、すでに市長の了解済みだ。
 そんなわけで、たかか遊びとはいえどちらも準備には慎重にとりくんでいた。

 

 

「ショウ、途中まで一緒に帰ってもいい?」
 1階までおりると、アリシアが訊いてきた。遠慮がちな声だった。
「もちろん」
 哲笙は彼女をさきに促して玄関をでると、階段をおりて大通りへと歩きだした。雨がふりだしそうな湿った空気が二人の肌をなでてゆく。
 哲笙がはおっていた長袖のシャツを脱ぐと、左の袖にししゅうされたオオカミの足跡があらわれた。そのままシャツを腰に巻きつける。
「……それ、私が贈ったTシャツね」
 18の誕生日に手渡したものだ。まだ3カ月と経っていないのに、かすれた記憶のように思える。
「あのときは、こんなふうになってしまうなんて想像もしてなかった」
 そう言われると、返す言葉がない。
「あなたといると楽しくて嬉しくて、時間を忘れたわ。そしてそれが、ずっと続いてゆくのかと……。でもそう思ってたのは私だけだったのね」
「アリシア」
「どうして進学先を変更したこと……言ってくれなかったの? それだけじゃないわ、隠れて年上の女のひとと会ってたりして、あなたには理解できないことが多すぎる」
 するりとアリシアから視線を外して息をつかないと、何から話していいのか判らなくなる。哲笙はゆっくりとまばたきしてから再び彼女のヘイゼルの瞳を見つめた。
「……進学先を変えたこと、黙ってたのは悪いと思ってるよ。でも俺自身、この先どんな方に進みたいのか判らないんだ。アスリートを夢見たことも、パイロットになりたいと思ったこともある。それから語学を考えているときに、たまたまきみと知り合った。でも今は語学よりもっと興味のあることを見つけた」
「私はひとこと言ってほしかったわ。少なくとも、先生や他の友達よりも先に知っていたかった」
「どんな違いがあるんだ? 言ったらきみが喜ばないのが判っていたから、できれば知られたくなかった。それだけだよ」
「あのひとのことは」
 まさかこんなことでアリシアと別れるとは、自分のことながら呆れて笑う気にもなれない。
 とっくに過去のことと割りきっているのに、どんなに説明しても彼女には判らないのだ。
「……このあいだ電話で話したとおりだよ。でもきみは誤解してるから、なにを言っても無駄だな」
 アリシアの脇を通り過ぎ、ゆっくりと歩きだす。
 早く地下鉄に乗らないと、すぐそこまで雨の匂いがせまっていた。数歩あるいてふりかえると、彼女はまだ同じ場所に立っていた。哲笙は本当に困った顔をして、左手をさしのべた。 
「頼むよ、アリシア」
 アリシアは不本意ながら、という様子で足を動かし、手をとらずに横へ並んだ。
 地下鉄の入り口はすぐだった。コンクリートの階段をおりて改札を抜けると、二人は少し離れてベンチに腰かける。
 雑踏を避けて選んだホームのいちばん端にあるベンチで、アリシアはやっと口をひらいた。
「どんなにあさはかだと思われてもいい。自分でもバカだと思うわ。でも……」
 その後に続く言葉を、哲笙は嘆息とともに聞いた。
「私より前に――あなたに触れた女性がいたってことが、ゆるせなかったの。ただそれだけなの」
「とっくに終わったことだよ。俺にとってはきみのほうがずっと身近な存在だったし、だいいち彼女はもう結婚してる」
 どうしてアリシアがこんなことを気にかけるのか、不思議でならなかった。例えばこれが逆の立場であったとしても、哲笙にとっては納得し得る範囲のことだ。
「もし次につきあう男が、いまのきみと同じことを言ったらどう思う?」
「バカ! あなたって、時々デリカシーがなさすぎる」
 アリシアはさっと赤くなると、哲笙の腕を拳で殴った。
「はいはい、軽率でした。……でも、そういうことなんだよ、アリシア。きみにとっては不誠実な男だったかもしれないけど、きみを欺こうとしたつもりなんかない。俺の中ではきちんと理屈の通ったことだったんだ。通じ合えなかったのは、友達としてつきあうほうがいいってことかもしれない」
 電車が2本通りすぎ、たくさんの人が吐きだされても、ふたりは長いことそこを動こうとしなかった。自分のとった言動にうちのめされている彼女を置いて、さっさと帰れるほど嫌な男になるつもりはなかった。
 3本目の電車がホームに滑り込む直前、アリシアはやっと立ち上がるとふりかえって言った。
「……こんなことになっても、明日はまた笑っておはようとか言うんでしょ。そのポーカーフェイスを引き裂くようなひとが、いつかあらわれるといいわね。そうでもない限り、あなたは将来――離婚歴のある男に名を連ねたりするんだわ」

 

 

 家に帰ると、母が帰宅していた。彼女にしてはめずらしく早い時間だ。
「おかえり。ねえ、どっちのほうが似合うと思う?」
 母はジーンズにリネンのシャツ姿で、哲笙の顔をみるなり、両手に持っていたスーツを顔の辺りまであげて訊いてくる。
「あさって、ケニア大使館の昼食会に呼ばれてるの。やっぱりこっちかしら」
 鮮やかなブルーのジャケットとタイトスカート。もう片方の手に持ったスーツも、哲笙の目には同じような色に見えた。襟がついているかいないかの違いしかない。
 母を含めて、女性とはどうしてこんなにも様々な色を見分けることができるのだろう。
「ねえ、どっちがいい?」
 適当に左のスーツを指さした。
「やっぱり新しいの買っちゃおう」
 母はそう完結して笑顔になった。こういうところは弟のキショウとそっくりだ。哲笙は軽く首をふってその場をあとにしようとして思いだした。
「あ、そうだ。夏休みはワシントンDCへ行きたいんだけど」
「まあ、旅行? 誰と行くの? アリシアかしら」
 ほんの息つぎをするあいだに矢継ぎ早にそう言われ、見えない疲れが肩にのしかかる。
「……違います。短期留学の試験にパスしたんだよ。書類に保護者のサインがいるから後で見ておいて」
「短期留学って、あの、ひとりしか行けないやつ? 今期はお前が行くの?」
 他人でも見るような目つきの母の前に、書類の入ったファイルをさしだす。
「すごいじゃない! こういうことはお父さんに頼むのかと思ってたけど」
「それじゃつまんないだろ。受かれば大学進学の奨学金もでるし、前から考えてたんだ」
「……国際大学ならウチでも大丈夫よ。どうしてそんな心配するの」
 一瞬、言葉をためらったのは、母の瞳が不安気に揺れたからではない。どうせいつかは言わなければならないことなのに、今がその時かどうか定かでなかったからだ。
「母さん……俺、カムナギ大学に行きたいんです」
 哲笙がそう言うと、母は目を見開いた。
 カムナギ大学はここから車で北に6、7時間ほどのところにある、法学や社会学、心理学などで著名な国立大学だ。特に法学部は国内でも難関として有名で、卒業は至難の業とさえいわれている。
 トップとよばれるのは何も法学部に限ったことではない。哲笙がためらう理由は、私立大学並に高いその学費にもある。語学部はないので、それが何を意味するのか母は理解しているはずだった。
「なんでまたカムナギ大学にしたの」
「法学をやりたいから。それに、あの大学は射撃部が強いし」
「……射撃部ですって?」
 ああ、とため息にも似た声をもらして、母は額に手をあてた。
「このあいだから森大里にくっついてでかけてると思ったら……お前たち、どこへ行ってたの?」
 森大里恍(もりおおさと こう)はこの家に常時配備されている護衛のひとりだ。
 哲笙より15も年が上だが、決して子供あつかいせず対等につきあってくれる。彼がこの家にきてから4年で、哲笙は多岐にわたる格闘と護身のテクニックを教わった。
「誘導尋問みたいだなあ」
「哲笙! とぼけないで」
 声が荒くなった。こういうときの母を茶化すとヒステリーを起こされるのが目に見えていたので、素直に認めることにした。彼女を怒らせて父に飛び火してはかなわない。
「親父には許可をもらったよ」
「何の? 射撃場へ入ること? それとも銃を撃つこと?」
 哲笙は答えなかった。19歳未満の者が銃を扱うことは、この国では法律で禁止されている。もちろん19歳以上の者も、火器取り扱いライセンスを取得しなければならない。それでも法の目をくぐって銃を手に入れた少年による犯罪があとをたたないのだ。
「母さん、俺の言ってるのは射撃部だよ? 純粋なスポーツだ」
「そうかもしれないわね。でも法律は守りなさい。銃に触れてはだめ。19になって許可を取ってからでも遅くはないでしょ」
「……わかったよ」
 それでも、家を空けることのほうが多い母の目をごまかすことは難しくはないはずだ。哲笙はそう考えて二階へ上がろうとした。
「哲笙」
 母はリビングのガラスの引き戸を開け放したままで、階段をあがりかけた息子の名を呼んだ。
「本当にわかったわね? 法律は守るのよ――お酒もたばこも」
「……やっぱりバレてんだ?」
「私を誰だと思ってるの」
 腰に手を当てたままのポーズで、階下から母ににらまれた。彼女はそれから、身を翻す前にせいいっぱいの皮肉をこぼしていった。
「女の子のことまで、私は責任もちませんからね。避妊だけはちゃんとしなさいよ」

 

 

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