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19

 

 何だって?
 哲笙は自分の耳を疑った。高遠はクリムゾン護衛部の総元締めのはずだ。
 高遠の背後から、もうひとり若い男がこれも拳銃を手にして入ってくる。彼はメナンデスに手錠をかけ秘書と二人でその脇についた。
 そこでやっと高遠と目が合った。
「すまん、君には痛い思いをさせたな」
 立ちあがって、近づいてきた彼に訊く。
「どうして、ここに」
「何が何だか判らないって顔だな、俺がトラブルシューターだとは夢にも思わなかったか」
 仏頂面で高遠はそう言った。冗談を言っているようには見えなかった。
「訓練校でもクリムゾンでも、俺を指導してくれてたあなたが?……どういうことです?」
「俺は、ストライカーズからクリムゾンの内情を報告するよう送り込まれた――アンダーカバーだよ。偽名を使って教官としてもぐりこんで、9年間ずっと身分を隠してきた」
 それを聞いてからくりが判った。
 アンダーカバーとは内密の捜査官を指す。高遠は、特務官の身分を厳重に隠してクリムゾンに潜入し、その内情を逐一ストライカーズに報告していたのだ。その立場が常に危険と隣あわせなので、通常家族や友人との接触も禁じられ、他の捜査官との偽装家族なども作られる場合がある。
 9年。
 そんなに長い間アンダーカバーをしていたというのか。一時たりとも気の抜けない高遠の生活を考えて哲笙は言った。
「犠牲が大きすぎやしませんか」
「クリムゾンはこの国のとりでなんだ、それだけの価値はあったさ。メナンデスみたいな上の連中は腐ってて話にもならんが、職員の中にはおまえみたいな苛め甲斐のあるヤツもいたし、なかなか興味深い仕事だったよ」
「……俺は苛め甲斐、ですか」
 高遠の言葉を繰り返して、哲笙は困った顔になる。
「この部屋には彼女を使って盗聴器をしかけておいた。会話はすべて記録されてるから、上に出せばメナンデスの起訴は免れない」
 と言って、メナンデスの秘書をしていた女性を指した。
「偽装郵便で、資料を送ってくれてたのもあなたでしたか」
「それだけじゃない。前々からなんでおまえみたいな男が、封建的で融通のきかないクリムゾンに来たのか不思議だった。久下大臣がおまえを外せと言ってきた時に、ストライカーズに飛ばしたのは俺の一存だよ。比嘉田のことも頭にあったが、俺が認めたのはやつの射撃の腕だけだ」
 右肩から下を真っ赤にした哲笙を見て、高遠はそっと息をつく。
「さすがにここまであくどいことをしてたとは読みきれなかったが……左利きだと気づきもしないなんて、おまえをよく見てなかった証拠さ。あいつはおまえほど友情に厚くはなかった。そんな男に情けをかけてやる必要はないぞ」
 それが生と死の際にいたとはいえ、古い友をその手で射殺した彼に対する思いやりだった。
 紙で指を切った時のように、傷は浅くても神経がささくれ立つどこか痛痒い思いが胸に溢れてくる。それをかみしめながら、哲笙はひとこと低くつぶやいた。
「判ってます――」

 

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 ひんやりとしたロビーを横切って、美凪は広いカウンターへ向かった。背後では4人もの私服を着た捜査官が見守っている。
 ここには武装したガードマンだってたくさんいるんだもの。大丈夫。きっとできる。そんな思いが頭をよぎる。
 九雁クカリ銀行のカウンターには窓口が多数並んでいたので、美凪はとりあえず一番近い窓口に進んだ。
「貸し金庫をお願いします」
「新設ですか?」
 窓口の若い女はほほえんで美凪を見る。誰にでも向けられるプラスティックな笑みだ。身体のどこを触っても、こんな笑顔が返ってくるような気がする。
「いいえ、中の物をとり出したいの」
「それでは番号をどうぞ」
 職員はそう言ってコンピューターのモニターに向き直った。美凪の位置から画面は見えない。
「J−0785です」
 透明なネイルカラーをほどこされた指がキイボードをたたいた。ほんの少し間があって、女はモニターから目を上げる。
「久下……美凪さまのご名義になってますが」
 それを聞いて美凪はほっとした。
 正禅が他界した今、名義が彼のものになっていれば金庫は凍結され、中の物を手に入れるのには時間がかかるからだ。
「私が久下美凪です」
「ご住所とお電話番号をおっしゃってください」
 美凪が教えると、女はモニターの上で確認しているらしかった。
「身分証明になるものをお持ちですか?」
「……免許証でよろしいかしら」
「こちらへどうぞ」
 言って、職員は青いプラスティックの小さな皿を差し出した。美凪はその上に免許証をのせる。
 確認がすむと免許証は皿ごと押しかえされた。
「ではここにサインをお願いします」
 美凪の前に一枚の紙が置かれた。左上に金庫の番号が印刷され、あとはワクどりだけで最初の欄に正禅の署名がしてあった。
 彼女が二つめの欄にサインすると、確認はそれで終わったようで、女は小さな四角い箱を手にしてすぐに金庫室へと案内してくれた。
 金庫室はかなり大きくて、美凪は職員のあとに続いて開け放してあった分厚いドアを2枚通った。いちばん内側にはガードマンが立っていて、遠慮がちに二人に視線を向けてきた。
「鍵は持っていますね?」
 ずらりと並んだドアの前までやって来て、女は訊ねた。
「はい、ここに」
「鍵穴は2つあります。ひとつはこちらでいれますから、お客様はもうひとつの鍵穴に差し込んでください」
 ていねいな口調でそう説明して女はドアを開けた。
 そこは小さな部屋になっていて、一面にびっしりとタイルのように金庫が並んでいた。大きさはさほどでもなく、ビデオテープが斜めに一本入るぐらいだ。どの扉にも鍵穴がふたつついている。
 女は四角い箱から鍵の束をとりだして、そのひとつをJ−0785の鍵穴に差しこんだ。美凪もそれにならって持っていた鍵を入れる。二つを同時に回すと扉が開いて、中から金属のケースが出てくる。
「あちらに部屋がありますからどうぞ。お済みになりましたら、もとに戻して鍵をおかけください」
 言いよどみなくそれだけ告げて職員は戻ってゆく。美凪はケースを持って、指定された小部屋に入った。
 中に入ってからもしばらくは動くこともできなかった。息苦しさがのどのあたりまでせり上がってきて、部屋が狭まるような気がする。
 美凪にははっきりと自分の心臓の脈打つ音が聞こえた。ケースの中身のことを考えると、どうしても指先が震えてしまう。
 もしも――。
 もしも、想像を越えるような凄いものが入っていたらどうしよう? それとも何も関係のないものだったら? このまま一生、顔も知らない誰かにつけ狙われて生きることになったら? 
 夫と呼んでいた人物だったにもかかわらず、正禅の意図がここまで判らないなんて……。
 彼女の視線は戸惑いがちに宙をふらふらした。知らず知らずのうちに両のてのひらが合わさって、祈るようなかっこうになる。祈りが届くなら、自分はきっとこう言っていたに違いない。
 こんな役目ばっかり私に残して自分はサッサと死んじゃって。俺が看取ってやるからっていう約束はどうなったの?
 ――覚えてらっしゃいよ!
 美凪は深呼吸すると、一気にケースのふたを開けた。

 

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 ――哲笙がクリムゾンの訓練校に在校していたある時、大使館職員や敵国スパイを想定して情報収集力を試す、という模擬試験が行われた。
 大使館関係者は自国について膨大な量の情報を抱えていることもあり、現職・退職問わず常に情報機関から狙われている。敵国スパイはこちらの条件次第で、先進国にならいくらでも寝返る者が出てくる。
 作戦部員を志す者なら、インフォーマントと呼ばれる情報提供者がどんなに重要なターゲットかよく判っているはずだった。
 期間は一週間。その間に大使館職員やスパイに扮装した教官からできる限りの情報を回収する。集めた情報は信頼度と重要度、難易度によってグレードがつけられることになっていた。
 試験官は言った。『何を試されているのか、きちんと把握できていればそんなに難しい試験ではない』と。
 哲笙はクリムゾンの職員がどういうものか知っているつもりだった。彼らは、外国政府が隠したがっていることを探り出すためなら、違法行為すらやってのける。それが自分の倫理に沿っているか否かはこの試験に関係ないのだ。
 一週間という期限を知った時、強行手段を思いついた者はほとんどいないようだった。その証拠に哲笙は難易度においてかなりの点数を獲得した。
 彼は大使館職員に扮装した教官のオフィスにもぐりこみ、情報になるファイルをすべてコピーした。足跡も指紋も手掛かりになるものは何も残さず、鍵も元どおりに掛け直した。
 それでも減点されたのは、教官がオフィスのドアの縁にあらかじめつけておいた印を見過ごしたからだった。ドアにはごく小さなシールが貼ってあり、開けた時にそれが破れたので侵入が判明したのだ。
 『じゃあ教官はどこから出たんですか』という哲笙の問いに、彼は笑いながら答えた。
 『窓からだよ。もし君が同じようにして窓から入っていたら、私は気づかなかったかも知れないな』
 その時、試験官の間でも賛否両論になった訓練生が比嘉田霞月だった。
 彼ははじめから女性教官を狙い、自分を売りこんだのである――実際、色仕掛けというのはクリムゾンの作戦部員にとっても難度の高いテクニックだ。
 女性教官のほうが何もなかったと主張したため、最終的にそれが真実ということで幕を閉じたが、回収した情報の信頼度と重要度では霞月がトップを獲得した。
 後で霞月が話したことによると、彼はこの直後に行われた射撃の実技試験を機に哲笙の存在を認識したのだという。
 満点をカンマ3下回ったところ、霞月のひとつ上で首位に挙がった名前が――久下哲笙だったからだ。

 

 

 局長室から黒い遺体袋が運び出される。それを見つめながら哲笙は手当てを受けていた。
「幸い、弾はどちらも貫通してますが、てのひらのほうは外科手術が必要ですよ。国立病院のほうへ連絡してすぐ用意させます」
 救護隊員は無線のスイッチを入れた。
 撃たれた時は確かにえぐられるような激痛が走ったけれど、今はしびれを伴った鈍痛が右半身を中心に広がっている。熱を帯びたような、ねっとりとした痛みだった。
 乾きすぎたのどを潤そうと、洗面所へと立ち上がった時だった。
 唐突に廊下のどこかで銃声が響いた。
 悲鳴がそのあとに続く。
 まさか。
 網膜の裏に鋭い閃光が走った。救護隊員が何か叫んでいるのも構わず、哲笙は局長秘書室を駆け抜けて廊下に飛びだす。
 最初の角を曲がると、さきほどメナンデスを連れて出て行った高遠の部下が見えた。2人とも負傷しているが、メナンデスの姿はどこにもない。
 女性捜査官が身振りで拳銃を取られたと示した。男のほうは息さえしているが壁を背にもたれて動けない状態だった。
 哲笙はひとつうなずいて、左手をオフィサーズ46に伸ばす。天井のすみのカーブミラーに、非常階段のドアが閉じるのが映った。
「久下、単独で深追いするな!」
 かけつけた高遠が怒鳴った時には、もうその場を離れていた。
 ドアを開けると上から足音が落ちてきた。屋上にはヘリポートがある。空から逃げるつもりなのだ。哲笙は軽く舌打ちして、階段を駆け上がりながら頭をめぐらせた。
 キュカリの周囲には大小あわせて200の島々がある。逃げ込めば捜索は困難だし、密航ルートを使って東南アジアへ渡ることも可能だ。メナンデスほどの大物なら亡命者と偽ることもできる。
 逃げられてたまるか。思いついた言葉はそれだけだった。
 屋上のドアを開けると、巨大な黒いヘリコプターは今まさに飛び立とうとしているところだった。
 大きさのわりにエンジン音は小さい。偵察用につくられた軍用機である。操縦席のみでキャビンに座席はなく扉も開け放たれたままだ。
 黒い機体は見た目にも軽そうにふわりと浮かび上がった。
 まともに風をうけながら、哲笙は銃をベルトの間に挟んでとっさにコンクリートを蹴ると降着装置にしがみつく。機体が左右に揺れた。両足の下にはもう何もない。
 メナンデスの操縦するヘリコプターは高々と浮き上がり、クリムゾンをあとにした。遅れて屋上へ踏み込んでくると、高遠はその光景を目にするなりトランシーバーに向かって怒鳴る。
「高遠だ、すぐにヘリ部隊を回せ。メナンデスの操縦するクリムゾンの偵察機が一台、カムナギシティ上空にむかってる。俺の部下がひとり乗ってるから援護しろ!」
 そこで連絡を切ると、あっけにとられたまま彼はぼやいた。
「……いったい、どうしちまったんだ? あいつは」

 

 

「――くそッ」
 右腕の痛みに、額からこぼれた汗が目に入ってにじんだ。
 てのひらをかばいながら降着装置によじ登ろうとする。運転席のメナンデスが銃口を向けてきた。
 とっさに哲笙が振り子の要領で両足を動かしたので機体は大きく揺れ、あわてて操縦桿を握った彼は、銃をとり落として派手に毒づいた。
「この、反逆者めが!」
「どっちがだ」
 身体中の力をふりしぼって片足をかけ、何とかヘリコプターのキャビンへ乗り上がる。左手で素早く銃を構えた直後、メナンデスが機体を左へ傾けたので、とたんに反対側へ滑り落ちそうになった。
 はっと息をのんだ時には、反射的に銃を放して手すりを掴んでいた。いくら利き腕が自由とはいえ、片手が使えないハンデは大きい。哲笙の瞳に、落下してゆく黒いセミオートマティックが映った。
「畜生」
 手すりに左腕をからめ、体重をすべて後ろへかける。体勢を立て直したところで激痛が脊髄をつらぬいた。
 背後からメナンデスに右肩を掴まれていた。水平に飛ぶよう、自動操縦に切り替えてあるらしかった。
「これでお互い武器なしってわけだな、君はもうおしまいさ」
 止血していたガーゼを通して、シャツの上に赤い染みが浮かびだした。痛みで身体がきしむ。
 ――俺は、ここで何をしてるんだろう。もうひとりの自分がささやいている。
 そろそろ精神も限界にきている、と。
 突然、哲笙は髪を掴まれ、額を力いっぱい壁にたたきつけられた。ゴオン、と鐘を打つような間の抜けた音がして、目の前がブレる。
「貴様は死ぬんだ、死ねッ!」
 二度三度と繰り返されて、思わず右腕を頭と壁の間にわりこませる。
 こいつ、正気じゃない。そう感じた瞬間に背筋がぞくりとした。
 手が髪から離れると、何事かつぶやきながら怒りもあらわに拳を繰り出してくる。とっさにその足元が空いたのを見計らって、左足がメナンデスの膝頭を蹴った。
 呻きながら前かがみになった彼の、ひるんだほんの一瞬の隙をついて、今度は哲笙の左手がアッパーカットを放つ。殴り飛ばされたメナンデスは低い天井に頭を打ちつけ、口から血が溢れた。
「この……!」
 掴みかかってくる男ともみ合いになりながら、外に視線を走らせた。行く先に鉄塔が見えた。少し離れたところに池がある。
 機体はすでに477号線の上空を越えていた。このままいけば鉄塔にぶつかって、このヘリコプターは爆発するだろう。
 こんなところでこんな男と心中なんて――冗談ではない。
 砂を噛むような嫌悪感が哲笙の胸にわきあがった。それを打ち消そうとするかのように、丸太のような腕が脇腹を襲う。よける暇はなかった。
 脇腹をしめて衝撃を食い止め、それからはいっぺんに頭がすっきりとした。続けて繰り出された右手をかわし、バランスを崩して前のめりになったメナンデスの背中を肘で力一杯突く。
「上等じゃねえか……どうせ逃げるなら、車かなんかもっと楽なのにしてくれよ。こっちは身が持たねえだろ」
 咳きこみながら背中に手を回す男を冷めた瞳で見つめ、哲笙はそう愚痴をこぼす。
 自分の言葉なのに可笑しくなって、彼は目を細めた。他人じみた、湿り気を帯びた声だった。
 ヘリコプターはもうすぐ池にさしかかるところだ。思ったより小さい。この速度ではすぐに越えてしまう。
 池を逃せばあとがなかった。ここから飛びこめるかどうか、自信はないが――。
「逃がすものか、ここでおまえも死ぬんだ!」
 そんな思惑を察知したのか、メナンデスが背後から手を伸ばし、髪を鷲掴みにしながら言った。引きずられるようにして傾きながら、哲笙は歯を食いしばる。
 死ぬのはごめんだと思うと、強気で歯切れのいい言葉使いの、透き通るあの声が聞こえた気がした。
 ――大丈夫だ。
 おまえなら負けない、と。
 髪を掴まれた場合、襲撃者の手首をとり地肌の方へひっぱって痛みを和らげるのは、基本的な護身術のひとつである。
 左手でメナンデスの手首を握り、そのまま引き寄せておいて振り返ると、素早く右手の肘を出して鼻を突く。腕とてのひらをかばってはいたが、同時にかなり鋭い痛みが身体をつらぬいた。荒い息が口からもれる。
 渾身の力というわけにはいかなかったが、それでも鼻を突かれたメナンデスにはかなりこたえたらしい。短く悲鳴を上げてパッとその手が離れた。
 両手で鼻を押さえるメナンデスの双眸には、恐怖がありありと浮かんでいた。
「痛えんだよ、ひとの髪ばっかり掴みやがって」
 どう殴れば骨が折れるのか心得ているつもりだった。
 自分の利き腕ならそれができることも知っていた。
 哲笙は自由になった左手で遠慮なく拳を繰り出す。次の瞬間には確かに顎骨の砕ける感触を感じていた。
 スイカのつぶれるような凄まじい音がして、メナンデスは口から血を吹き出しながら昏倒した。鉄塔はもう目の前、機体は池を過ぎたところだった。 哲笙は構わず池めがけてかかとを蹴った。
 皮膚が切れるかと思うほど鋭い空気が耳をかすめてゆき、180センチ、80キロの体躯は、青色をした池に向かって落下した。
 最後に聞こえたのは耳をつんざくような、ドオン、という水の音だった。
 再び水面に顔を突きだした哲笙の双眼が、鉄塔にぶつかって炎上したヘリコプターの無残な姿をとらえる。
 鉄塔自体は途中から折れ曲がり、切れた送電線が何本もだらりと下がっていた。ヘリコプターは粉々に吹き飛び、オレンジ色の火柱を上げ黒煙があたりをもくもくと染めている。
 助かったのだと気づくと急に安心して、一気に身体中の力が抜けた。温んだ水が押し寄せてきて身体が重くなる。
 右腕とてのひらの傷口が水に浸って、気が狂いそうなほどの痛みがずきずきと神経を突き刺した。
 近づいてくる救急車のサイレンを耳にしながら、哲笙は混沌とした意識の中に墜ちていった――。

 

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