>>NOVELS >>INDEX * 1 / 2 / 3 / 4 *



彼女のとなり 4

 

 

 春学期が終わるまでにわかった彼女のこと。
 くしゃっとした髪に使ってるのはラズベリーの香りがするシャンプーで。
 ほとんどしてないみたいなメイクは口紅とペディキュアだけ。
 日本語には悪戦苦闘してるけど和食は大好きで、新しいスシバーを教えてもらった。
 音楽はバックストリートボーイズ、映画はラブコメディが好き。
 年上の俺のことも平気でベイビーと呼ぶ。
 それから――キスがうまい。

 

..........................................................................................................................................................................

 

 期末試験はマークシート形式のテストがほとんどだった。
 基礎建築デザインのクラスはもう課題の提出が済んだし。
 あとは記述式の持ち帰り試験がひとつだけ……人間行動学だ。
 副読本が8冊もあってサイアクだったけど、教授は優しかったな。
 スプリングブレイク前はクラスの大半がサボって家に帰ってしまったので、律儀に朝8時半からのこのクラスに出てたヤツは10点加算された。
 ……家へ帰るにゃ遠すぎるし、リゾート地へ出かける金もない留学生でもたまにはラッキーなこともある。
 ついでにいうと、たとえ変わりばえしないキャンパスでも。
 いつもとなりにいてくれた誰かのおかげで、俺にとってはどこよりも意味のある場所になってたんだけど。
 ――英語では『愛を作る』と呼ぶわけがよくわかった。
 それは、決してはずかしいことでもやましいことでも罪深いことでもなくて。
 俺と彼女の間では、呼吸をするのと同じくらい自然なことなんだと――。
 ラウンジの禁煙席で伸びをしたら、後ろから手をつかまれた。
≪ヘイ、ベイビー≫
 すぐに華奢な腕が首の周りに回ってきて、頭の上にくちびるが落ちてくる。
≪エレナ、どうだった? 歴史の試験≫
≪まあまあかな。でもこの後スペイン語の口頭試験があるの≫
≪グッドラック、セニョリータ≫
 手首をひっぱって揺らすと、鈴のついたブレスレットが軽やかな音をたてた。
 エレナは俺の首に腕をかけたまま前にやってきて、膝の上に腰をおろす。
≪……もうちょっと情熱的な励ましがあったら、きっとうまくいくわ≫
 片手で襟あしの髪をなでながら言われた。
 ブルーグレイの瞳と、うすいローズ色のくちびる、アイボリーに似た肌。
 俺にはないものばかりで、見るたびに胸がうるさくなる。
 そっと腰を抱き寄せてキスをかわした。
 閉じたまつげが顔に触れる。
≪……じゃあさ、こういうのは?≫
 くちびるを離してから言った。
≪試験が全部かたづいたら、きみのとなりをずっと俺専用に≫
≪……ずっと?≫
≪そう。朝から晩まで。夏中予約したい≫
≪あら、5月の休みはサンディエゴのおばあちゃんちへ行く予定なんだけど≫
≪え、ほんとに?≫
 ……なんだよ。
 休み中の計画玉砕じゃんか。
 連れて行きたい場所がたくさんあったのになあ。
 そんな俺の顔を見て、彼女のくちびるがすっと笑顔の形になる。
≪でも……車で行くから交代で運転してくれる人が必要なの≫
≪はあ≫
≪おばあちゃんにはもう言っちゃった≫
≪……なんて?≫
≪"女の子みたいな名前のサムライ・ボーイを連れていくから"って――≫
 そこで俺たちはもう一度キスをかわした。
 口が笑ってうまくできない。
 膝から立ち上がっても、彼女は指先でまだ俺の髪をもてあそんでいた。
 その手をひっぱり寄せる。
≪なあに? もう行かなきゃ≫
 離れがたい、って何て言うんだ、こういう時……?
 考えてるうちに、またくちびるが落ちてきた。
 今度は眉の上にひとつ。
 丁寧で密やかなキス。
≪……ずっと≫
≪え?≫
≪ずっととなりにいて。アキラじゃないとイヤだから≫
 とっさに何も答えられなかった。
 あんまりきれいで。
 どきどきしすぎて。
 しっかり見ておかないともったいない、と思ったら言葉なんか出てこなくなった。
≪じゃ、またあとでね≫
≪……うん、またすぐに≫
 I'll catch you later――つかまえるよ、きみを。
 つないでいた手をいっぱいまで伸ばして、名残惜しいまま指先を離した。
 遠ざかってゆくコーヒー色の髪を見送る。
 ああちくしょう。
 どれほど英語にゃ慣れたと思っても。
 こういう不意打ちにはまだまだだな。
 簡単に俺の心を騒がせる彼女にくやしくなる。
 夏中彼女のとなりで過ごしたら、少しは余裕もできるんだろうか――?
 期末試験の終了は目前。
 あとでサンディエゴの地図を買いに行こうと心に決めた。

 

 

>>NOVELS >>INDEX * 1 / 2 / 3 / 4 *
メエルフォーム


≪管理人のつぶやき≫
catch you laterは「またあとでね」くらいの意味で、上記のは恋する暁の主観入りデス。
このふたりの続きは『スイート・セレクション』にもあります