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エスコートがくるまえに


side:JUSTIN
第6話 「HEARTACHING」

 

 友達以上、恋人未満。
 そんな言葉があるのは知ってたけど、自分がその真っ只中にいるときはけっこう堪えるものだ。
 『まずは友だちから。いっしょに出かけてみて、考えて、それから返事する』
 ――雪野はそう言ってくれたけど、友だち以上の関係に踏み込むのにこんなに勇気がいるなんて、初めて知った。
 友だちなら、それはそれで居心地悪くない。
 だけど――。
 寮のラウンジにあるコーヒーテーブルの上、ペーパーのドラフトを仕上げようとして広げたノートをぼんやり見つめていた。
≪よお、ジャス≫
 声がしてノートから目を上げると、マイクが通りかかったところだった。
 マイクの部屋は同じフロアの3つ先だ。
≪なあ、この学期が終わったらどうするんだ?≫
 赤いフリスビーとバックパックを抱えたまま、マイクはソファのとなりに腰をおろして訊いた。
≪このあと? 夏学期のクラス取る予定だけど≫
≪ミネソタまで車で帰るんだけど、同乗してくれるやつを探してるんだ。おまえの知り合いでだれかいたら紹介してくれよ≫
 そうだ、もうそんな時期なんだよなと思った。
 永遠に続くかと思われた春学期もやっと終わりが見えてきた。ファイナルが近いってことは、帰郷の話題が増えるってことでもある。
 遠くまで車で帰るやつは、同乗者を募ってガソリン代を折半してもらう。
 金銭面の負担が軽くなるだけでなく、長い道のりをともにするだれかがいたらずっと楽しくなる。
 つらい勉強の日々は終わり、長い夏休みはこれからだという開放感を満喫したいのはだれだって同じだ。
≪わかった。知り合いで北部へ帰るやつは思い当たらないけど、声はかけてみるよ≫
 助かるよ、とマイクは笑顔になった。
≪今日はまだ行かないのか? エスコート・サービス≫
≪ああ、10時から≫
≪あの子はいっしょじゃないのか?≫
≪だれ? ケイリーか?≫
 エスコート・サービスは男女一組になって送り迎えするのが規則だから、 てっきり俺とコンビを組んでいるケイリーのことを訊いてるのかと思った。
≪そうじゃなくてさ……この前ちょっと見かけたけど、いっしょに歩いてただろ。ほら、小柄で長いダークヘアの、『イノセンス』に出てるアジア女優みたいな子だよ≫
 どきりとした。
 雪野のことか。
≪いや、彼女はバイトの仲間じゃないんだけど……その『イノセンス』ってのはなんだよ、映画?≫
≪テレビドラマ。アメリカだけじゃなくて、ヨーロッパとかアジアとか、外国の俳優も出てるんだ≫
 観たことないのかよ、という感じでマイクが俺を見る。
≪その中のひとりに似てるよ、おまえのガールフレンド。彼女、アリゾナの出身か?≫
≪いや、日本。留学生なんだ≫
≪外国人と恋愛なんて最高にエキサイティングだよな≫
 テレビドラマの流行に乗り遅れたのを笑われたことより、甘い誤解をされたことがうれしかったのであえて訂正はしなかった。
≪おもしろいのか、そのドラマ?≫
 フリスビー片手にバックパックをつかんで腰をあげたマイクに訊いた。
≪『ヒーローズ』と『ロスト』を足したみたいな感じ。一回観るとハマるぞ≫
≪じゃあ今度観てみようかな≫
 もし観る機会があれば、気になるのはストーリーよりもその女優がどのくらい雪野に似てるか、だろう。
≪おう。土曜の夜9時、チャンネルは6だぞ≫
 あの子によろしくな、と言ってマイクはラウンジをあとにした。

 

  |||||     |||||     ||||| 

 

 雪野の口から『イノセンス』という言葉を聞いたときに心底びっくりしたのは、そんなことがあった後だったからかもしれない。
≪あった! これだよ、探してたCD≫
 キャンパスの近くのCDショップで、棚の間を歩いて探す間もなく、入り口近くのディスプレイですぐに見つかったアルバムを手にして雪野が言った。
≪こんな目立つところにあるなんて、すごい人気なんだね。『イノセンス』の効果かな≫
 そこでやっと、あのときマイクが教えてくれたドラマだと気がついた。
 肩がふれるくらい雪野のそばに並んで、透明なフィルムでおおわれたそのCDのジャケットを覗きこむ。
≪K・ニシジマ?≫
≪うん。ドラマの中の音楽も演奏してるんだって≫
 曇り空を思わせる明るいグレイを背景に、明らかにアジア系とわかる顔立ちをした男性がサックスを抱えて写っていた。
 ジーンズと、黒いシャツ。
 伏せた目元は内気そうだけど、口元から白い歯がこぼれているせいで照れているようにも見える。
 ……ふむ。
 同じアジア系でも俺とはちがうタイプだな。
≪これ、買っちゃおう。で、いっぱい聴いちゃおう。ファイナルが近づくと、どうしてこんなに音楽がほしくなるんだろうね≫
 ひとりごとみたいに雪野が言った。
 パッケージデザインの作業中にBGMがほしいと話してたから、きっとそのときに聴くのだろう。
 がんばるのはいいけど、たまには俺と遊んでくれよ――そんなわがままを口走りそうになって、あわてて口をつぐんだ。
 夏休みになったら、もっといっしょにすごす時間がとれるといいのにな。
 なめらかな頬を形良くカーブさせてほほ笑んでいる彼女を見ながら考えていると、自動的に鼓動が速くなった。
 すこしうつむいたせいではらりとこめかみに落ちた前髪が、目元をさえぎる。
 考えるより先に、右手が動いていた。
 人さし指を伸ばして、前髪にふれ、それを耳にかけてやる。
 はっとしたような雪野の目とかちあった。
 印象的な眼差しが見たくて指を伸ばしたはずだったのに、大きく見開かれた目を見たら胸が疼いた。
≪ごめん。もしかして、俺いますごく失礼なことした?≫
 勝手がちがう。
 自信が持てない。
 外国人と恋に落ちるのは最高にエキサイティングなことだなんて言ったのは、どこのどいつだ。
 だって、実際はこんなに心もとないのに。
 そして、こんなにも――揺れ動く心に体がついていかないのに。
 あまりにも心臓のアップダウンが激しくて、このままだと俺の命は一気に目減りするぞ。
 それでも、やっぱり言わずにはいられなかった。
≪ずっとこうしていっしょにいたい。きみに、こんなふうにふれたらいけないのかな≫
 もう一度、前髪をなでるようにふれた。
 うつむいた雪野のくちびるから、つぶやきがこぼれたような気がした。
≪なに?≫
 さらに身を寄せて訊き返す。
 彼女の体温まで感じとれそうに近くなった。
≪……ごめんね、ジャスティン≫
 え?
 思わず間近で雪野を見つめた。
 その目に涙はなかった。
 泣いてはいない。
 だけど泣いているのかと思うほど声がふるえていたせいで、さっきまでの胸の疼きがいっそう強くなった。

 

 

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3/09/2009