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浮気なジェミニ

 

誰にでも優しいくせに
不用意に人を惑わす。
わたしの気持ちを知っているのかいないのか、
双子座は浮気な星。

 

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 友達の言葉はけっこうインパクトが強い。
 たとえばそれが、前触れもなくいきなり耳に飛び込んできた言葉だったとしても。
 予想外の波紋を投げかけてくれることがある。
 仲のいい友達だったら、なおさらそのインパクトは強まるのかもしれない――。

 

 

「ねー、国語の成績ってどうすれば劇的にあがるのー?」
 高1の2学期末テストが終わってすぐの頃だった。
 窓に寄りかかっていたクニエちゃんが言った。
「現国の佐々木に訊いたけど、『恋をすれば自然に上がるわよ』だって。ほんとかなあ」
 お弁当を片付けていたわたしのとなりで、陶子ちゃんがペットボトルの生茶にむせ返る。
「……そんなこと言ったのあの先生?」
「うん。なんかね、恋愛をすると情緒が豊かになって、イマジネーションが働きやすくなるって」
「イマジネーションてなに?」
「そーぞーりょくでしょー」
「想像力を使うと何で国語の成績が上がるわけ?」
「さあ?」
 陶子ちゃんとクニエちゃんは、ピンとこない顔でまだ何か話していた。
 ……イマジネーションか。
 想像力。空想するチカラ。理解すること。思い描くこと。
 恋愛なんて。
 誰かのことを考えるだけで、自分が自分じゃなくなっちゃうみたいで。
 そこまで人を好きになるのは、ちょっと怖いな。
 ――いくら国語の成績が上がったとしても。
「それにさ、恋愛なんて相手がいなくちゃできないじゃん? イマイチどいつも役不足っつーか情熱不足っつーか……こう、伝わってくるものがないのよね」
 文句たらたらなクニエちゃんに、陶子ちゃんが苦笑いした。
「とっくにいい雰囲気になってるトーコは別だけどー」
「なんでよ、そんなんじゃないもん」
 言葉では否定してるけど、陶子ちゃんの目は優しい。
 彼女には仲のいい幼なじみがいる。剣道部の男の子だ。
 夏休みに一度、部活帰りの二人を見たことがある。
 すごく自然で無理がなくて、あんなふうに話したり歩いたりできる相手なら、ちょっといいかなって思った。
 陶子ちゃんはバレー部で、まだレギュラーになったことがない。
 もしかしたら、迷ったりすることもたくさんあるのかもしれない。でも、部活の練習も勉強も同じくらいがんばる子だ。
 たとえ結果がいつも思い通りじゃないって知っていても、そういう陶子ちゃんの姿はわたしに、結果ばかりを見てちゃダメ!と言ってるような気がする。
 わたしは?
 わたしはどうだろう……?
「あー、でもいくらイイ男でもああいうのはゴメンよねー」
 窓の外を見ていたクニエちゃんの声が不機嫌になった。
 なんだかイヤーなムシでも見つけたみたいに。
「中河原なんてサイアク」
 ナカガーラ?
「……誰?」
 お弁当箱をカバンにしまいながら訊いた。
「タラシの中河原。また違う女の子と歩いてる」
 わたしと陶子ちゃんは一緒に窓の下の中庭に目を向けた。
 黒い学ランの背中と、長めの髪。となりを歩いてる茶髪の女の子が慣れた様子で彼の腕に手を通す。
 ちょっとひっぱられて肩を下げた時、風にあおられたのか髪が揺れて横顔が見えた。
 空いたほうの手でぐしゃりと髪をかきあげる。人さし指に大ぶりのシルバーリング。
 となりの女の子は当然のように彼に顔を近づけた。
 ――う。
 わ。
 初めて見ちゃった。
「ガッコであんな堂々とチューしないでほしいわ。やーね、色男は何しててもサマになって」
 クニエちゃんは鼻にしわを寄せてそのナカガーラとやらに背を向けた。
「でも中河原って、なんていうかこう……ガツガツしてないよね」
 陶子ちゃんが言う。
「焦ってないっていうか」
「えー、なんかトラブルあったらすぐ逃げそうじゃない? 女の子のことなんかどーでもいいって感じ」
「そうそう、あんまりいいウワサは聞かないけど……」
「世渡りだきゃーウマイんだよああいう男は」
 クニエちゃんの声が今度こそ本当にイヤそうになった。

 

 

 それから中河原に関して聞いたことといえば。
 学年イチ可愛い子とつきあってるとか別れたとか、先輩によろめいたとかフッたとか、浮いたウワサ「しか」なくて。
 そのくせ男の子たちもそんなに煙たがってる様子でもなく、いつも誰かと楽しそうに笑ってる見栄えのいい男。
 成績がいいともいえずスポーツで目立ってるってふうでもないのに、どうしてみんなに調和できるのか不思議だった。
 だから。
 2年生になってバイトしてるところを偶然彼に見つかった時は、とっさにマズイと思った。
 バイトは学校で禁止されてるし、先生に通報されるか、もしかしたらそれを理由にして何か要求されるんじゃないか。
 『世渡りのうまい中河原』は、わたしにとってそういう男に見えた。

 

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「……もうここでいいよ」
 家の近くの曲がり角で告げると、中河原も一緒に足を止めた。
「そう?」
 バイトの途中でひっぱりだされて連れていかれた和風邸宅。
 なんだか有名な流派の茶道家元だという中河原家の、デッカイ表札がついていた。
 家の規模も半端じゃなく広かった。
 トイレから戻る途中で迷ったのなんて、中学の修学旅行で見学したお寺以来だし。
 出されたお番茶もお茶碗もお茶菓子も、うちで使っているものとは格が違うってすぐにわかった。
 お弟子さんらしい小倉さんという女性の態度や言動からも、中河原が大事に扱われながらしっかり教育されているのは明らかで。
 自分がすごく場違いなところにいるような気持ちになった。
 ……それでも帰ろうと思わなかったのは。
 フツーの男の子みたいな中河原をもっと見ていたかったのか。
 それとも予想していた通り、手に負える男じゃないと思い知らされたかったのか……。
「じゃあ俺はここで」
 わたしのバイト先に来た時もこうして送ってくれるけど、ここまででいいと言うとそれ以上ついてくるようなことはしない。
 中河原の引き際は鮮やかすぎて、かえってやる気なさげな印象を与える。
「気をつけて。また階段からザーッと斜めに流れ落ちないようにな」
「この先に階段なんてないですっ! なんなのその失礼な言い方!」
 睨み返したら肩を揺らして笑われた。
 ……こういうとこ、ほんとにほんとにすごーくやな男なんだけど。
 そのあとに続く言葉を考えた時、悔しくて目の前がうっすらと紅くにじむ。
「今日さー、勝手に連れてきちゃってごめんな。でもすっげー楽しかった」
 少し三白眼気味の黒い瞳。
 意外に人好きするのは表情がくるくる変わるからかな。
「お茶で良かったら俺がいくらでも用意するから、また来て?」
「女の子にはいつもそう言ってるわけ?」
「やーそれがさー、信じないと思うけど、ウチに呼んだのは高遠さんが初めてなんだよねー」
 ……はいはい。
 そんな鼻で笑っちゃうような話信じる人いないってば。
「じゃ、また学校で」
「おやすみ」
 穏やかなその声を聞いてから、角を曲がって歩き出す。
 中河原も身を翻したのがシルバーブレスの揺れる音でわかった。
 お番茶だろうとお抹茶だろうと、お茶を飲む時は茶碗を傷つけないようにリングや他のアクセサリーを外すように、と小倉さんに言われて縮こまってたのが可笑しかった。
 左耳にピアス3つ。明るい色の髪と、派手なロゴ入りの赤いTシャツにリーバイス。
 女の子慣れしてるのが言葉やしぐさの端々から感じられた。
 本当に茶道家元の息子なんだろうか、と何度も思った。
 どっちにしても、わたしとは対極に位置するような男の子だ。
 シルバーブレスの揺れる幽かな音が遠ざかってゆく。
 隠れてバイトしてることが中河原に知れてかなりの日数が過ぎたけど。
 学校には。
 まだバレていない。

 

 そして、わたしは。
 あの遊び人に恋をした――。

 

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