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|| | | |  アイスレベルへようこそ  −7th period−  | | | ||

 

 

『――みなさまこんにちは。6月の梅雨空も吹き飛ばす勢いで今日も始まりました、"アイス・エフェクト"』
 軽妙な語り口でテレビ画面の中のアナウンサーが話し始める。
「あ、これこれ……これだわ、お父さんが言ってたの」
 大学の近くにあるスポーツバーで、わたしとグレイスはスツールに腰かけながら大画面を見ていた。
「いまNHLのプレイオフ流してるでしょ? 解説がね、丁寧だからホッケー知らなくても楽しみやすいって。あと選手のプロフィールも一人 一人クローズアップしてくれるの」
「へぇ、ほんと?」
「ほら、ホッケーって確かに細かいペナルティやらオフサイドやらアイシングやら、知らない人から見たら、わかりやすいスポーツとは呼べないかもしれないじゃない?」
「うん、そういえば……そうかな」
 でっかい図体したプレイヤーたちが本気でつかみ合ってたりして、すっごくコワイし。
 わたしだって、もしグレイスに誘われてなかったら、リンクには行かなかったかも。
「でも一度リンクに行ってみると、わかるよね。みんな、どうしてあんなに熱くなるのか」
 そう言って、細長いグラスに入ったアイスティのストローに口をつけた。
「うん」
 グレイスがテーブルの上のお皿からくるくるカールしたポテトをつまみあげる。
「それに」
 水滴のついたグラスをテーブルの上に戻して、わたしは続けた。
「人間のカラダって不思議って思わせてくれる」
「不思議?」
「うん。どうしてこんなことができるのかな、ってくらい不思議だし――きれい」
 弾丸ダッシュの勢いで飛び出していきながら、後方へ繰り出すノールックパス。
 滑っているあいだも氷の上に吸いついたようなスティックの先。
 まるで氷上に触れてしまいそうに、側面が倒いたシューズの刃が削りだす氷の煙。
 次の瞬間には何が起こるかわからないスラップショットは、何度見ても肌がザワザワする。
 どれもみんな、紙に描けそうで描き出せないもどかしさ。
 優秀なプレイヤーを見るたびに、切り取ってガラスのショウケースに閉じ込めてしまいたくなる――。
「……やだ、それって誰のこと?」
 探るようなハシバミ色の瞳で覗きこまれ、はっとした。
「べべべべつに、特定の誰かのことじゃないもん」
 落ち着きのなくなった指先が前髪に伸びる。
「佐藤家じゃ、もうコードネームついてるわよ。早坂千鶴の家庭内コードネーム、"小さな巨匠"」
 びしっと人さし指を突きつけられた。
「もう……肘掛けのほうがまだマシ」
 オイルパステルを使って仕上げたわたしの作品。
 モチーフはアイスホッケーってことになってるけど、誰をモデルにしたのかは一目でわかる、とグレイスに言われた。
 完成作品は実行委員会に送っちゃったからと言い訳して、結局見せないままで本人を空港から送り出した。
「入賞したらぜったい俺によこせ、って言ってたでしょあいつ? どうするの?」
「……そんなこと」
 まだ結果も発表されてないのに……時期尚早。
「んー、それにしても何だかいい感じ。この分だと今年はみんなしてチェコかなぁ、夏休み」
 ……こういうとこ、そっくりだわ、誰かさんと。
 鼻歌を歌うグレイスの丸いほっぺたを横目で眺めながら、片手をひらひらさせて熱くなった自分の頬に風を送る。
 その時、テレビのスピーカーから聞こえてくる歓声がひときわ大きくなった。
『――さて、フェイスオフです』
 解説者の凛とした声がして、パックを弾くスティックの硬い音が響いた。

 

 アパートに帰るとドアの横にあるポストに1通の封筒が届いていた。
 取りだして裏返す。
 差出人はビエンナーレ実行委員会本部。
 どきり、と心臓の揺れる感覚が体中を駆けぬける。
 ……入賞者もそうでない人も、参加者には全員審査結果が送られてくることになっている。
 カギをあけて玄関に踏み込んだら、今度は見ていた世界がぐらぐらと揺れだした。
 靴を脱いだところで両膝をつく。
 白い封筒を両手にはさみ、目を閉じる。
 ――ドミニク。
 海も大陸も渡った先のチェコにいる、わたしのいちばん恋しい人を思いながら、魔法の呪文のように唱える。
 今あなたの居る強靭で爽快な高みに近づきたい。
 冷たい氷でさえ炎に負けないぐらい熱を持つような、あの場所に近づきたい。
 どうか。
 どうか少しでも、あなたに近づけますように。
 たとえ、 どんな結果が待っているとしても。

 深呼吸してまぶたをあけ、それから。
 わたしは、白い封筒を開封する指先に力を込めた――。

 

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≪管理人のつぶやき≫
ホッケーシーンはまだまだ改善の余地ありですが、コメントいただけると明日への希望がわきますv
アイスホッケーになじみのあるかたにもそうでないかたにも、楽しんでいただけたなら、これ以上嬉しいことはありません。
この二人の続編もあります→「アイスブレイカーにくちづけを」
このお話はフィクションです。実在する人物や団体とは一切関係ありません。