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ロマンスなんかいらない

 

ロマンスなんかいらない。
あなただけ。
わたしが欲しいのはあなただけ。

 

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 高層ビルの上階にある細長い窓からトウキョウが見える。
 朝も昼も夕方も、いつまでたっても灰色が抜けない景色。
 薄いカフェラテを飲みながら眺めた。
「おっと――なんだ霧島か」
 自販機の向こう側からYシャツにスラックス姿の男があらわれた。
 ポケットから小銭をとりだして自販機に落とし、エスプレッソのボタンを押す。
「コーヒーブレイク? 余裕だな、女性管理職殿」
 振り返り、メガネの下でわたしを見つめながら瞳を細くする。
「あんただってサボってんじゃないのよ、神宮寺」
「え、俺? 俺は違うよー、朝から走り回ってて、今やっと息抜き」
 すっと彼の体に視線を走らせた。
 確かにネクタイは緩んでるし、まくりあげたシャツの袖には何やらインクの染みが見える。
 髪についてるのはホコリか。
「……どうしたの? 掃除でもしてた?」
 右手を伸ばして髪についた綿みたいなホコリをとってやった。
 神宮寺は目だけでわたしの指先を見、じっとしていた。
「掃除っていうか……まあそんなもんだな。デスクの配置換え」
 細くてきれいな髪。
 伸ばせばきっと似合うだろうに。
 そう考えながら手を離して窓のほうを向いた。
 でも彼はもう何年も同じ髪型だ。
 変えたことといえばメガネのフレームくらいで、あとはスーツもコートも同じなんじゃないかとさえ思う。
 部下の女の子に、神宮寺とわたしが同期だと言ったら驚かれた。
 ……だろうな。
 どう見てもわたしのほうが年上に見える。
 彼は地味で控えめで、いつも夏木専務の使いっぱしりって感じだし。
 わたしは社内で『ブルズアイの霧島』とか凄まじい名前で呼ばれてるし。
 ブルズアイ。
 的の真ん中を射ることだけど。
 わたしに関しては狙った仕事は外さない、という意味になるらしい。
 実際はそういつもいつも業績を上げられるわけじゃないんだけど……キツイ勝負の時には不思議と負けたことがない。
 エスプレッソを飲みながら、彼が横に並んでくる。
 ふたりで一緒に窓の外を見ながら言った。
「東京ってさ、夜のほうが断然きれいだと思わない?」
「そう? どこの都市だって夜はそうだろ」
「光があったほうがキラキラしてていいじゃない」
「それもいいけど……暗いのもけっこうオツなもんじゃない? 星も月も見えるし」
はっとした。
 そうだね、神宮寺。
 光ってるのはなにも明かりだけじゃないんだ。
「……なんてな。ハァ、こんなこと言うなんて俺ちょっと疲れてんのかも」
 自嘲気味に笑って、ひらりと身をひるがえす。
 急に彼が頼りなく見えた。
「今日さ、良かったら帰りにちょっとつきあわない?」
「いいよー、霧島のおごりなら」
 間髪入れず返事された。
 その構えていない態度に呆れ、安心し、そしてくやしくなった。
 こいつ。
 なんとも思ってないな、わたしのこと。
「……じゃ7時半に。『タイフーン・カフェ』で」
 Yシャツの背中に投げつけた。
「ハイハイ」
 神宮寺と入れ違いに部下の咲ちゃんがやってくる。
「あ、部長! たすけてくださいー、ゴネゴネ社がまたゴネだしてー」
 咲ちゃんは、アイシャドウのとれかかったまぶたをこすりながらわたしに言った。
「え、またあ?」
 ゴネゴネ社ってのはチーム内での隠語で、取引会社の名前をもじってるんだけど。
 本当にワガママな注文が多いので最近困り気味なのだ。
「担当の安藤さんじゃないとヤダとか言ってるんですよ、彼いま出張中なのに……できないなら期日延ばしてくれって」
 ダメダメ。
 足元見られてるのよ。
 ここはひとつ、強気で行かないと。
 わたしには、7時半からどうしても落とせないミッションがあんのよ。
 それまでにぜったい仕事のカタつけて、店を出る頃にはあいつの認識だって変えてやる。
「――オーケイ、わかった。なんとかしましょう」
 カラになったペーパーカップを勢いよくつぶしてゴミ箱にばっさり投げ入れ、自販機のあるブレイクコーナーを後にした。

 

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