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空にはナイショにしておいて


「ね、今日はあっちまで行ってみようか?」
晴れた冬の空を背負うようにして多佳子が言った。

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 冬の横浜。
 彼女の指が示すほうには、遠く、長方形のレンガの建物が見える。 倉庫かと思うような外観。
 ちょっと時代がかってて、そこだけタイムトリップして古い建物が現れたみたいだ。
「中で何かできんの?……あ、わかった。アイススケートとか?」
 そう答えたら笑われた。  
「わたしがスケートできないの、知ってるでしょ」
「いっしょに滑ってあげるから大丈夫」
 かなりデカくなるまでホッケーをしてたから、つうんとくるような冷たさが懐かしくて今でもよく双子たちとリンクに遊びに行く。
「な、明日スケートに出かけるってのは?」
「だめだよ。いっぱい転んじゃって下敷きにするかも」
「望むところです」
「……そうなって欲しいみたいじゃない」
 ヘンな日本語、と多佳子が困った顔で笑った。
 手をつなぎながら歩道を歩く。
 ロースクールに入って2度目の冬休み。日本とアメリカを往復するつきあいが始まって1年と半年。
 去年の5月に来た時と違って緑は少ないけど、ベンチに座って景色を楽しんでる人たちが目に入る。
 吹雪のせいで成田行きの飛行機が2時間も遅れたシカゴから見ると、春みたいに穏やかだ。
 あんまりあったかいから、日本に来てからTシャツ1枚で寝てたら多佳子に怒られた。
『帰国するころになって風邪でもひいたらどうするの?』
 ……そしたらそのまま滞在を延ばして、もっときみのそばに居るだけのこと。
 そういうのも悪くないよなぁ。

 

「……え? 双子ちゃんたち、来月がお誕生日なの?」
 レンガの倉庫を改造して作ったらしいショッピングセンターの中で、ガラスみたいな階段を上がった。
 多佳子は淡いグレイのコートを脱いで、青いボーダーのセーターと白いパンツのほっそりした姿になる。
「うん。最近日本のことにも興味を持ちだしてるから、こっちで何か見つからないかなあと思って……贈り物」
「じゃあここで探してみようか」
 2階には中古ショップもあったけど、デパートで見かけるのとは少し変わった雰囲気の店が多かった。
 建物や店構えは中古風。でも、並べられている家具や内装品はよく見ると新品だ。
 見た目が中古風なら売ってる物も中古品、というのがスタンダードなアメリカとは違うんだな。
 そんなことを考えながら多佳子といっしょに幾つか店を見て歩く。
「学校で使えるもののほうがいい? それとも身に付けるもの?……あ、ねえ、こっちにもいろいろあるよ」
 多佳子の靴が竹でできた棚のほうに近づく。後に続いた。
 ベルベットの下敷きの上に、シルバーや陶器を使った小物がたくさん並んでいた。
「きれいね、七宝焼きもあるわ」
 ……シッポ焼き?
 それはまた、いったいどんな物なのか想像もつかないけど。
「こういう深い色は明るい髪に映えそうだし、柔らかい色のものも肌がきれいに見えるのよ」
 凝った細工の髪留めや、シンプルだけど古風な玉のついたネックレスを指さして多佳子が言った。
 なるほど。
「これもその『シッポ焼き』でできてんの?」
「え? やだ、そう聞こえたの――?」
 堪えきれないというように笑みを作りながら言われたところで、多佳子の携帯電話から小さく和音が流れだした。
「あ、お父さんからだ……ちょっと向こうで話してくるから、このままお店の中にいてね」
 液晶表示板を確かめ、多佳子はそう言い残して通路側へと出てゆく。
 一人になってから、棚の下の段にもきらきらした小物が並んでいるのに気がついた。
 透明感のある楕円形の石の中に、小さな蝶をかたどったモチーフのついたブレスレット。
 石の色は茜色のと桜色のと、色違いで並んでいる。
 見た瞬間に双子たちの姿を思い浮かべた。
≪――失礼、お嬢さん? あなたの持ってる小さなそれ、とても素敵!≫
 これで誕生日のプレゼントはほぼ決定、と思ったところで、そんな女性の声が耳に届いた。
 何の抵抗もなくするすると頭に入ってくる。
 遅れて隣りにいた人が声のしたほうを振り向いたのと同時に気がついた。
 いまのは英語だ。でもなんか違和感がある。
 ……あ、そうか。
 ここは日本だった。
 目にしているものも話している言葉も日本語なのに、耳から英語が飛びこんでくると世界がブレる感じがする。
 いま俺はどっちにいるんだっけ?――そう考える間の、ほんの一瞬の浮遊感。
 でもすぐに2言語のスイッチが入り始める。
≪もし良かったら、どこで買ったのか教えていただけないかしら? 甥っ子に買っていきたいの≫
 振り返った先に、40代くらいのふくよかな白人女性が立っていた。
 訛りの少ない平坦な英語。間違いなく俺と同じ米国人だ。
 母音に少し強い"a"の音がまじるから、中西部の出身かもしれない。
 難しい単語は何ひとつ使われていないけど、話しかけられた若い女性は明らかに戸惑っていた。
 白人女性は、彼女が持っているカバンを指さしているように見えた。
≪……その品物は、どこに行けば売ってるの? わたしも、それと同じものが、欲しいんです≫
 しゃべるスピードが緩やかになり、単語をひとつひとつ区切るように発音している。
 でも結果は同じだった。
≪……ああ、わからないわよね? どうしましょう、あなたの言葉が話せればいいのだけど……≫
 ちょっと困った様子で肩をすくめてみせる。
 彼女の後ろから、ほっそりした若い日本人女性に言った。
「あのー、あなたのそれと同じものが欲しいんだって言ってますよ」
 とたんに二人の視線が俺に飛んできた。
 ひとりは誰アナタ?って言いたそうな顔で、もうひとりは泣きそう、というかもう混乱寸前みたいな顔で。
≪通訳、要ります?≫
≪あら……なに? 同郷人? わたしアイオワからなの≫
≪んじゃお隣りさんだ。俺はシカゴっ子だから≫
≪素敵! こんな偶然て初めてだわ≫
 アメリカ人女性はパッと笑顔になった。
≪わたしはレネッタ≫
≪ジーンです≫
 きっと彼女の目には間違いなく日本人として映ってるだろうけど、言葉さえ通じればややこしい俺のバックグラウンドは二の次、と言いたそうなその態度に安心する。
 それなら話が早い。
「『どこで買ったか、もし良かったら教えてもらえますか?』って訊いてますよ」
 若い女性に向き直りながら、ふたたび訊いてみた。
 つやっとした感じの黒目がちな瞳。
 同じアジア人の俺から見てもとても日本的だ。
 耳が見えるスタイルのショートヘアに、洗練された黒のタートルネックとインク色のジーンズ。
 モデルみたいにスラリとしている。
 多佳子もそうだけど、日本の女性はどうやってこんなにスレンダーな体型を保持するんだろう?
 その秘訣を本に書いて出版すれば、アメリカじゃ飛ぶように売れるんじゃないのか。
「ええと・・・。多分、この方はここら辺を見ていたと思うのですが」
 彼女が困惑の表情で俺を見る。
「もしかして、これでしょうか?」
「え?」
 見ると、デニムのカバンの持ち手にちょっと変わった時計がついていた。
 黒いベルトの大ぶりな時計。
 文字盤のところが数字じゃなくて、ミニチュアの地球がはめ込まれた半ドーム型になっている。
 青い地球を囲むシルバーのベイゼルは近未来的でもあり、なんだかちょっと不思議な感じだ。
 腕時計かな? 地球儀?
「……へぇ、面白い時計! かっこいいな」
 宇宙マニアのアレックが見たら絶対欲しがりそうだ。
≪レネッタ、あなたの言ってる欲しいものってカバン? それともこの時計のことかな?≫
 英語で訊ねると、レネッタがはっきりと時計を指さして片目を閉じる。
≪ああ! カバンもステキだけど、時計よ、ダーリン。お店の名前を訊いてもらえる?≫
 はいはい、お安い御用。
「やっぱり時計だって。どこで買ったんですか?」
 少し考えこんだ若い女性の口から、日本のデパートの名前がこぼれでる。
「あー、あの0101みたいなヤツ?」
 思わずそう言った俺を、は?と言いたげな顔で彼女が見返してくる。
 ……しまった。
 思ったことをそのまま口にするクセ、早いとこ直しておいたほうがいいかな。
 この先、日本で仕事することになるんだったら特に――。
「ちょっと待って」
 困惑顔の彼女をにっこり笑って煙に巻き、今度はレネッタの方を向きながら説明した。
≪0101みたいな赤い看板の出てるデパート、知ってます? ここから一番近い駅だとヨコハマにもあるけど……≫
 見ていたブロンドの眉が動いた。
「オー、ゼロワンゼロワン!!」
 ……そうそう、あれです。 どうやら彼女も見たことがあるらしい。
 店内にいた人たちがくすりと笑う。
 最初見た時は電算機器の店かと思ったよ。 あの看板でデパートとはね。
 そんな軽口を叩きながら横浜までの道を教えると、レネッタはこのあと友人と東口で待ち合わせしてるのだという。
≪日本に来てシカゴの人にお世話になるなんて、世界って狭いわね。助かったわ、ジーン。ありがとう≫
 そう言って両腕を開いた。
≪どういたしまして。お役に立てて光栄です≫
 同じように腕を回しあって抱きしめる。
 一旦離れて、その同郷人は隣りにいる日本人女性にも緩やかに腕を回した。
≪あなたも……出会えたことを感謝します。楽しい時を過ごしてね≫
 多佳子が日本ではあまり抱擁しないのよ、と言っていたのを裏づけるように、店内にいるほとんどの人が俺たちを見ていた。
「『あなたと出会えたことに感謝します。楽しい時間を過ごしてください』って」
 間を空けずに通訳したけど、いちばんびっくりしているのは抱きしめられている若い女性本人だろう。
 それでも彼女は、はにかむような笑みを浮かべて突然現れた外国人に身をまかせていた。
 レネッタが優しく礼を言って去ってゆくのを、ふたりで見つめた。
「ダブルアイデンティティも、けっこう役に立つんだな」
 黒目がちな瞳が、え?と俺を見た。
「あ、いや……ひとりごとです」
 視線を下に向けたら、彼女の前に銀色のコインが並んでいるのが目にとまる。
「あれ……ラッキー・コイン?」
 ひとつ、手に取ってかざしてみる。
「これ、持ってると幸運が手に入るっていいますよね……買ってみます?」
「私は・・・。私は、買いません。本当は、最初は買おうかなって思って来たんですけど」
 確かに"幸運"て単語は抽象的で、抱くイメージにも個人差があるから、誰でも惹かれる言葉だよな。
 不幸になりたいと思ってるヤツなんて、俺はまだ会ったことがないし。
「いいんです、もう」
 意外に勇敢な答えが返ってきて驚いた。
 でもその声を聞いて思った。
 彼女も、きっともう悟った人なんだろう。
 幸運が、どこに指針を示してるかを――。
「あなたは、このコインを買われるんですか?」
 今度は逆に訊かれた。
「俺? 俺は――」
 もう一生分の幸運が腕の中にあるから――。
 そう言いかけてコインを元に戻し、肩をすくめてごまかした。
「……ひいばあちゃんに『人の分まで盗るな』って云われてたんで、他の人に譲ります」
 目の前の女性から、ものすごく複雑そうな顔をされた。
「・・・そう。あなたも買わないんですね」
 幸せを手に入れてる人間がふたり。
 手に入れれば幸運がやってくるという銀色のコインの前に立っている。
 "お一人様ひとつ限りの限定品!"……俺と彼女の間にそんなテロップがつきそうで可笑しい。
 でもその幸福とやらは、一度手に入れれば形や大きさを変えながら確かに存在するものなんじゃないかな。
 何かの球根みたいに、増やすも減らすも自分次第。
 きっとな。
 パラパラ並んだコインの向こうにある棚から、妹たちに、と言ってさっきのブレスレットをふたつ手に取る。
「――じゃ、良い年を」
 軽くウィンクを投げて、レトロな店に似合いのちょっとアンティークなレジスターへと歩き出した。

 

「迅一郎」
 会計をすませたところで多佳子が戻ってきた。
「終わったの? 電話」
「うん」
 ふたりで階段を降りると、さっきの黒いタートルネックの女性が見えたので軽く頭を下げる。
 俺が会計をしている間に合流したのか、今は彼女のすぐ隣りに若い男性が寄り添っていた。
 一瞬、この前テレビで見た俳優と彼の姿がだぶる。
 目の前のふたりは依存してるんじゃなくて、お互いに必要としあってる感じがした。
 どっちの国にいても、そういうカップルを見かける機会は少ない。
「だあれ? 知ってる人?」
「俺の臨時通訳クライアント……なあ、弁護士と通訳っていっしょにできんのかな」
 多佳子の瞳が意外そうにまたたく。
「えっ、そういう仕事のお話がきてるの?」
「……あー、そういうわけじゃないんだけど」
 彼女にコートを着せ、片手を包んで歩き出す。
 ドアの向こうには、俺の気持ちを見透かしたようなクリア・スカイ。
 ――将来のこともさっきの印象的な出来事も、今はちょっとだけナイショにしておきたい気分かな。
 どこまで秘密主義でいられるか試すつもりで、多佳子の柔らかな瞳を見つめる。
 だけど、きっとキスひとつでギブアップだろうと思うと笑いがこみあげた。
「なあに、さっきから……楽しそう」
 ドアを支えて彼女を外に連れ出すと、拗ねたようにセーターの腕を引きよせられる。
「きみといっしょにいて俺が楽しそうじゃないことなんてあんの?」
 絶対的な自信を持って訊く。
 俺の人生丸々ひとつぶんが支えてる自信だ。
 年齢や国籍が違っても、育ってきた背景が違っても。
 たとえばケンカ中でも、不機嫌な顔をされた時でも怒ってる時でも。
 隣りにいるだけで安心できる。この人となら修復できる。だから怖がることは何もない。
 そんな人がこの世界に存在することを、初めて知った――。
 つないだ多佳子の左手に嵌められたエンゲージリングを自分の手に感じながら訊く。
「一政さんの電話、なんだって?」
「今夜はねぇ、鍋にするから早く帰っておいでって。お父さんが用意してくれるらしいわ。いろいろ材料訊かれちゃった」
「へえ、ほんと?」
 思わず口が笑ってしまった。
 あの一政さんが? 
 それはまた勇気のいる……じゃなくて、面白そうな計画。
 でも鍋って……何が入るんだろう?
 昔から冬には日本に来たことがなかったから、本格的な鍋料理なんて食べたことがない。
 チーズの入ったやつかな?
 ……いや、あれはフランス料理だったっけ。
 なんにしても、初めて食べる鍋料理が夏木家でっていうのは嬉しい。
「今夜ね、すっごーく寒くなるみたいよ? ずっと遅くなってから雪が降るんだって。お正月は真っ白になるかなあ」
 輝かしい夏休みでも始まるみたいな口調で多佳子が言った。
 見上げた先に、横浜の青空が広がっていた。         

 

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管理人のつぶやき
時期的には『風の街で待ってて』第10話の婚約後、『愛しのステラ』より前です。
ロースクールが冬休みなので日本滞在中v
≪ ≫は英語の会話だと思ってくださいネ。