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5周年記念この人たちにしましょう企画・第2位


    「 ジェミニな恋人 」 - SIDE GEMINI -

 

 がしゃん、と無情な金属音が響いて銀色の門が閉まる。
「はい、残念でした、遅刻!」
 閉まった門の格子の間から先生が告げた。
 長いポニーテールにチャコールグレイのスーツ。色味の少ない化粧とシャープな顎のせいできつく見える顔立ち。
 げ。
「みやっ……じゃなくて、こ、香田先生」
 ……今月はこの人が風紀監督なわけ?
 外れっぱなしだった詰襟のホックをあわてて留めた。
 このセンセイ苦手なんだよなー。
 香田先生に目をつけられたら、たとえばどんなに成績のいい生徒だろうが生徒会役員だろうが、身内の知り合いだろうがひいきせず、ちゃらちゃらした生徒がいちばん被害をこうむるというのが周知の事実だからだ。
 げんなりした気持ちが伝わったのかどうなのか、先生は胸の前で両腕を組んだ。
「中河原……まぁたきみなの?」
「またって何スかまたって。遅刻は3年になって初めてなんスけど」
「どうだか」
「マジですって。だから、まぁ初回はちょろっと見逃してほしいっつーか疑わしきは罰せずっつーか」
「疑わしきどころか、きみの体は完全に門の外じゃない。この状態でどんなに身の潔白を叫んだってムダよムダ。ね?  はい、アウト。中河原時匡、遅刻堂々一回、と」
 香田先生は持っていたクリップボードに、黒々としたボールペンの達筆で書きこみながら言った。
 ……ったく、これだよ。
「遅刻者は罰として奉仕活動をしてもらいます」
「あー、はいはい。なにすればいいんですか……花壇の草とり? 正面玄関の窓拭き?」
「まさか」
 形のいい眉をあげて楽しそうに笑みをこぼした。
 このひとが楽しそうに笑ったところなんて久しぶりに見た気がする。
 ……そんなに何度も家に来たわけじゃなかったけど、それでも以前は――ウチの廊下に出るとこの人の朗らかな笑い声が聞こえてたのをよく覚えている。
「きみの奉仕活動よ? 草とりだとか窓拭きだとか、だれでもできるようなことをさせるわけないじゃない」
 すらりとした細身のスーツを着こなす香田先生の肩先で、束ねた黒髪の毛先が揺れた。
 いやーな予感がした。
「茶道部の顧問として、来月の開校祭で薄茶平点前の実演担当をお願いします」
 ぐぇ。
 のどから本当にそんな声がもれることもあるんだと、初めて知った。

 

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 夕方、帰宅した足でそのままじいさんのいる離れに向かった。桜ほうじ茶を届けるためだ。
 老舗のそのお茶屋が通学路にあるせいで、ときどき学校帰りに寄ってくるよう頼まれる。
「――おぅ」
 息を吸いこむような声がして、目を向けた先には見慣れたタカマサの姿があった。
 これから外へ出かけるらしく、紬織りの和服姿だ。香の移り香が鼻先をくすぐる。
「いま帰ったのか」
「うん。夕飯前にじいさんのとこ寄っとこうと思って」
 桜ほうじ茶の入った袋を持ち上げてみせると、くっとくちびるの端が下がる。
 タカマサは鷹匡と書く。
 鷹匠みたいな名前のこの一番上の兄貴は、じいさんと俺の仲がいいのが気に食わないらしい。まあ確かに、俺が末の孫だから甘いのかな……と思うことはあるけど。
 でもこっちだってじいさんの植木の世話や和菓子のつまみ食いの尻拭いまでさせられてるんだから、俺からしてみれば当然のギブアンドテイクって気もする。
「あ、そういえば……美也子さんに会ったよ、今日」
「『香田先生』と呼べ。なれなれしいんだよ、おまえは」
「だってしょーがねぇじゃん、先に美也子さんとして知り合ってから先生になっちゃったんだから」
 書道教師の香田美也子がことあるごとに俺を目の敵にしているとしたら、その理由はまちがいなくこの兄貴にある。
 ……彼女が受け持ってるって知ってたら、書道なんかまちがっても選択しなかったのに。
 入学して初めての授業でいきなり泣かれ、『なんでこの期に及んでまだ中河原の顔見なきゃいけないの』とか言われたせいで、俺があの人を泣かしたってことになってるけど。
 そのあとも一部の心無い連中から、俺が香田先生を口説いたとかすげーウワサを流されて登校拒否したくなった。
「……彼女、どうしてる?」
「べつに。元気にしてるよ。フラれて落ち込んで、6キロもやせただれかさんとは違って」
「フラれてねえよ! いったん凍結しただけだ」
「あーそうそう、解凍予定のない凍結ね」
「……首へし折るぞてめえ」
 すり足でさっと懐まで近づかれる。
「げ」
 思わず仰け反って両手を挙げた。居合道有段者にそう言われるとちょっと冗談には思えないんですけど。
「開校祭で俺に平手前点てろって言われた」
「なんでも言うこときいてやれ。おまえにできることなら」
「そうしてるつもりだけど、つっかかってくるのはむこうのほうだよ」
「だいたい、おまえがダブッたせいで卒業まで待つってことになってとばっちり食ってんだからな」
「え、マジで、むこうは待ってくれてんの? それって兄貴の希望的観測じゃねーの? 脳内妄想とか?」
 間髪入れず、制服の上からわき腹に鷹匡の肘がびしっとめりこんだ。
「……とにかく、とっとと卒業できなかったお前の自業自得だ」
「あいたたたた」
 ハデに顔をしかめてみせたけど、兄貴はふん、と鼻を鳴らし、玄関の門を出ていった。
 ……ったく、あんなに未練をためるくらいなら、なんで親のいうことなんかきいたんだっつーの。
 兄貴と美也子さんは数年前、年齢的にまだ早いとか襲名のタイミングがどうのとかいうわけのわからない理由で両家の親から反対されて、交際をあきらめた。
 日本舞踊の名取りだという美也子さんにも家元跡取りの兄貴にも、どうやら親たちは別に結婚させたい人物がいるようだ。
 表面上はいったん凍結ということになっているけれど、水面下ではふたりでなにか計画をあたためているらしい。
 未練たらったらの鷹匡とちがって、授業第一日目で泣かれたこと以外、美也子さんは特に変わったようすも思いつめているようすもうかがえないから、俺はやっぱり兄貴の惨敗だと思っているんだけど。
 でも、さっきの話しぶりだと意外と隠れて連絡取りあったりしてるのかもしれないな。
「とっとと卒業して家を出たいのはこっちのセリフだっつーの」
 桜ほうじ茶片手に、じいさんの待つ離れへと続く飛び石に足を進めた。

 

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