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5周年記念この人たちにしましょう企画・第2位


    「 ジェミニな恋人 」 - SIDE LIBRA -

 

「失礼しましたー」
 一礼して職員室を出る。
 廊下を歩いて角を曲がると、掲示板の前に立っている髪の長い女性が見えた。
 モカベージュのジャケットと、揃いのタイトスカート。
 頭の高いところできっちり結んでたらしたポニーテールのせいで、凛とした印象を与える。
 書道の香田先生だ。
 細面の顔立ちと涼しげな目元が、アジアの女優を思わせる。書道教師というよりも、舞のほうが似合いそうだった。
 考えながら廊下を進むと、バチ、バチ、バチ、と先生が掲示板にホチキスで紙をとめる音が聞こえた。
 もうすぐ開校祭だから、校内の掲示板は色とりどりのポスターやチラシでカラフルに彩られていた。
 わたしは部活動に入ってないからクラスの出し物に参加するだけだけど、それでもみんなのわくわくした気持ちはよく伝わってくる。
 歩きながら、蛍光ピンクや空色の紙に手書きコピーされたポスターを眺めた。
 茶道具のイラストが描かれたポスターの中、茶道という単語に目が吸い寄せられたのは偶然だった。
 『茶道部による薄茶平点前、無料実演。
 だれでも参加できます。ぜひ来てね。
 ――特別講師・中河原時匡(3−B)』
 きゅ、と上履きが鳴ってしまった。
「……え?」
 とくべつこうし?
 きゅきゅきゅ。
 あわてて掲示板に近寄ったせいで、上履きが更に大きな音をたてる。
 空色の紙をじっと見つめているわたしに気がついたのか、香田先生があら、とつぶやいた。
「茶道、好きなの?」
 どっきりとした。
 そんなはずはないのに、ナカガーラ、好きなの?と訊かれたような気がしてあたふたしてしまう。
「えっと……」
「良かったら来てね、本家本元の点前が見られるから」
 香田先生はホチキスを上着のポケットに入れ、まだ何枚か残っているポスターを片腕で抱きかかえた。
「茶道って堅苦しいイメージだけど、初心者でも気軽に参加できるし、楽しいわよ。保証する」
 ――知ってます。
 もう何度も点ててもらいました、先生。
 心の中でつぶやいて、香田先生の目が涼やかに細められるのを見つめた。  
 

 

|||||   |||||   |||||

 

「開校祭でお茶を点てるんだね」
 放課後、いっしょに玄関を出ながら言うと、中河原はうん、とうなずいた。
「遅刻したかわりに奉仕活動しろだってさー。俺べつに遅刻したつもりないから、あれは美也子先生のこじつけっつー気もするけど」
「……『美也子先生』?」
「書道の香田先生。今月の風紀監督で、しかも茶道部の顧問なんだって」
 ……そういえば、だいぶ前に中河原が泣かせたせいでいろいろウワサになった先生がいたって聞いたよなぁ。
 もしかして、香田先生のことかな。
 アジア女優みたいな香田先生の涼しげな目元を思い浮かべた。
「香田先生と仲いいの?」
 わたしと知り合う前のことなんか、いまさら気にしてもほんとうにきりがない。
 それはわかってるんだけど、やっぱり訊かずにはいられなかった。
「美也子先生? 一応書道クラスだけど、仲いいってほどじゃ……あれ、なに、もしかしてやきもち? ショーコさん」
 急に顔を覗きこまれて頬が熱くなった。
 髪で隠すようにして横を向く。
「ななっ、そんなわけないでしょ!」
「またいきなりそんな早足になってるしー、もうバレバレでしょーが」」
 難なく追いつかれてしまったので、並んで歩くかっこうになった。
 前から来た一年生が何人か、すれ違うときにちらりとわたしたちを見ていった。
 正確には、一年生のあいだでもよく話題にあがる中河原を確かめていったんだけど。
「やきもちやくほど心配してくれるのはうれしいんだけどー」
「だからやいてませんってば」
「ままま、そんな照れなくても。でもひとこと言っておくと、あのひとの関心は俺じゃなくて鷹匡兄貴のほうだよ」
 俺とショーコさんだけの秘密なんだけど、と中河原が身をかがめてわたしに耳打ちした。
「え?」
「だいぶ前につきあってたんだ、兄貴と先生……いまは凍結状態みたいだけど」
「と、凍結って?」
「親にいちゃもんつけられてるから、とりあえず別れたってことにして、ほとぼりが冷めたらいずれまた復活するらしいよ」
 ……は?
 なんですって?
「それって、単に隠れてつきあってるだけなんじゃ……?」 
 思わずそう訊くと、だよなーと笑われた。
「でもうちの親も香田家でもけっこうガチで反対してたみたいだから、そんな簡単にごまかせねぇとは思うけどなー」
 そ、そうなんだ……。
 香田先生だってわたしたちから見たられっきとした書道師範だし、話し方も物腰も育ちがよさそうだから家元とだってつりあうように見えるけど……大変なのね、家柄のしっかりしたところは。
「ま、でも俺は三男だし、なーんも言われないからだいじょうぶ」
 朗らかに言い放ち、すっとわたしと手をつなぐ。
 その手のひらの大きさに、つなぎかたに、安心している自分がいる。
「いまのところは、でしょ」
「え?」
「将来はわからないじゃない。やっぱり家柄がつりあわないとか言って、すっごく反対されちゃうかも」
「あー、かもなー。俺このままいくと、将来はガテン系職人かもしれないし? 高遠家には入れてもらえないかも」
 しかめ面を作ってみせる。
 ……ていうか、なに?
 うちの婿になる気なわけ?
 しかも『反対』されるのってナカガーラのほう?
「……どうするの? 実家も追い出されちゃったりしたら」
「そりゃ望むところでしょ。玄関から壁まで3歩しかない部屋に引っ越す」
「野望達成ってやつ?」
「そうそう」
 にっ、とくちびるの端を持ち上げると、中河原はそこでわたしに肩を寄せるようにしてまた身をかがめた。  
「それに――彼女がエリート官僚とやらになって踏み台役の俺を養ってくれる予定だもーん」
 はあ?
 なにそれ?
 心の中で眉間に縦じわを刻むほど、呆れるくらいはっきりとそう思ってるのに。
 不本意にも笑ってしまった。
 にぱっと。
 うれしさがこみあげて、堪えきれなくなりました、って感じで。
「ねえ、前から思ってたんだけど……そのエリート官僚とか踏み台とかってなあに?」
「トーダイとかキョーダイとか目指してんだろ? だったら末はエリート官僚でしょ」
「ナカガーラを踏み台にして?」
「そうそう」
 意味をわかってるのかいないのか、楽しそうに言う。
 ステレオタイプな答えは、どこからつっこめばいいのか迷うほどツッコミどころ満載だった。
 中河原にはこういう、苦労を苦労とも思っていないところがある。
 たとえばほんとうに彼女に養ってもらうことになったとしても、それを恥ずかしいとか考えたりはしないらしい。
 むしろ歓迎。
 諸手を挙げるノリで。
 ……そんな感じ。
 このひとって意外としたたかというか、結局自分の思い通りに物事が運ぶようにできてるんじゃないのかなあ。
 そう考えて、すこしうらやましくなる。
「ねえ、開校際でお点前するときって、やっぱビシッと袴でしょ? 縞柄の」
「袴ねえ……でもあれ着ると、一気に『俺ダブってます』って感じになるじゃん?」
「いいじゃない、大人っぽくて。着てみてよ」
 一度、ちゃんと見たいと思ってたんだ。
 これ着て生まれてきましたって感じの和風なたたずまいと、ほんのりと香の薫りに包まれた和服を着こなしてる中河原の姿を。
「えー、いくら和洋問わずなに着てもサマになっちゃうからってー、そんなことしたらまた追っかけが増えちゃうかもー」
 言いながら、髪をかきあげるしぐさがまんざらでもなさそうだった。
 ……まあね、真実だから反論はないけど。
 青みがかかった薄墨色の絹の着物と渋めの縞の袴とか……中河原に似合うだろうな。 
 たとえ、お点前を終えて着替えたらビンテージ物のジーンズとシャツ姿に早変わりして、シルバーのブレスレットやピアスがじゃらじゃら鳴ってるとしても。
 そんな恋人って――ちょっと。
 ……ううん。
 すごく、いいな。
「――ナカガーラがサマになってるとこ、見たいよ」
「そう?」
「うん」
「俺も見たいよ、ショーコさんがエリート官僚とやらになってるとこ」
 そこでわたしたちは同時に笑い声をあげた。
 駅までの道のりをふたりで歩きながら、そんな未来を夢見るのもいいなあ、と思った。

 

 

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≪管理人のつぶやき≫
獲得票数120票。5周年記念
第2弾は、本当に久しぶりなナカガーラです。
投票&コメントを下さった皆さま、どうもあり
がとうございましたv
アップが大変遅れてすみませんでした。

 

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