彼女の事情


     

「あ、雪野ちゃん!!」
 ラウンジの一角にあるテーブルからルリちゃんが手を振っている。
「ねえ知ってる? アキラくん陥落したってよ」
 ぎゅっとお腹の中に石を詰められたみたいな気がした。
 イスに腰かけながら返事をする。
「知ってる」
「あたしさぁ、雪野ちゃんとつきあってるのかと思ってた、彼」
「まさか……わたしも暁も日本の大学やめて来てるじゃん? 年も同じだし。だから」
「いつも一緒に勉強してたのに」
「同じメジャー目指してたからねえ」
「そっか、同じだっけ」
「あー、でもわたしはただのデザイン専攻。暁は建築学に入ったよ」
「ひええ、ほんと? 超難関じゃん」
 ルリちゃんは眉を上げた。
 そう。
 一緒に超難関の建築学専攻を目指してたんだけど。
 わたしだけ選抜試験に落ちたんです。
「相手の子、すっごく可愛いアメリカ人なんだって?」
 自虐的だなあと思いながら訊いてみる。
「見たの?」
「セイジから聞いた」
「どんなロマンスがあったんだろうねぇ……」
 ルリちゃんが午後のクラスに行ってしまうと、イスに深く体を沈めてシャツの襟にあごをうずめた。
 ……遊びも勉強もうまくやろうとしたわたしは、ふらふらした挙句にGPAを下げ、結局選抜に通らなかった。
 俺は選抜を終えてから遊ぶ、と言い切って集中してた暁は見事に通り、そしてどうやらガールフレンドまでできたらしい。
 ……できすぎなんじゃないの。
 わたしは確か言ったはずだ。
『あんたみたいに地味だといいわよね、勉強に集中できて。わたしはホラ、可愛いから黙ってても声かけられちゃってタイヘンなのよ』
 あいつは笑っていた。
 よく言うよ、って感じで。
 ――ほんとは全然地味なんかじゃない。
 わたしの目には充分魅力的だった。
 どんなにかっこいい男の子に声をかけられても、彼になってもらうなら暁がよかった。
 なのに。
 何ひとつ褒めてあげられなかった。
 陽に透かすと少しだけ紅茶みたいな色になる髪とか、笑うと目がたれて優しそうに見えるところとか。
 低くて男っぽい声とか、意外に大きい手のひらとか。
 日本人特有の訛りはまだあるけど、ボキャブラリーの多さとイントネーションのとり方のうまさで、とてもきちんとして聞こえる英語とか。
 全部気がついてたのに。
 ひとつくらい、口に出して言っておけばよかった――暁のこういうとこが好きって。
 あんまり押しが強くないから、心配だったんだけど。
 いつかわたしの彼にならないかなあ、って漠然と願ってた。
 でも、ちゃんと彼女ができたんだ。
 そっか。
 わたしじゃダメなんだ。
 ざわざわ人通りのとだえないラウンジの片隅で、わたしはひとつ、盛大にため息をついた。

 

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WEB拍手のお礼に載せていた小話です。
Deleted scenes from Rakuen-Cyayaと銘打っていたとおり、本編を書きながらボツッたシーン。