アリゲーターの恋女房


……それって、俺を愛してないからだろ?     


「あれ? 髪切った?」
 試合のあとで待ち合わせ場所に行くと、いきなり訊かれて面食らう。
 ……同じアパートに住んでて、朝いっしょにメシ食ってそこから出てきてついでにいってきますのチューまでしたのに。
 いま試合が終わったばっかりで髪切るヒマがどこにあんだよ?
 そう思いながら、声は出さずに38センチ上空から見下ろす。
「あ、違った。なーんだ、こう見ると短くなったみたいに見えるのになー」
「……乱闘騒ぎで髪引っぱられたせいじゃねぇ?」
「やだ、まさかぁ」
 笑われた。
 つーか俺、本気だったんですけど。
「寒いから早く帰ってごはんにしようよ」
「どっかで食って帰らねえ? おまえだって制作あるんだろ。メシ作る時間ねえじゃん」
「イヤ。今日は料理したい気分なの」
 下を向かれると頭のてっぺんしか見えなくなった。
 最近、アパートから自転車で通える距離にあるアート教室に通いだしたちずは、パステル画や油絵を描きため、市主催のアートフェスティバルに出店することになっている。
 売ることが目的だろうと思ってたけれど、ちずみたいな根っからの芸術家はそれだけでもないらしい。
 自分の創り出したものが、見ず知らずの誰かに受け入れられる。
 それは、お仕着せでは生きていかれないクリエイターたちに与えられる、最高の称号なんだという。
 ……俺みたいなアスリートでも、そんな気持ちがわかる日がくるんだろうか。
「なんだ、煮詰まってんのか」
「うるさいな」
 拗ねたように尖るくちびるが、どこかで見た女優のしぐさと重なった。
 そんなマニュアル通りの対応に、また心がゆらゆら不安になる。
 女の人って、こんなに絵に描いたようなしぐさをする生き物だっけ?
 俺のために化粧したり、ひらひらした服着たり、くちびる尖らせてすねたり。
 そうかと思うと夜中に目を覚ました時、となりでスケッチブック抱えて俺を見ててびっくりしたこともある。

 ――……なにしてんの?
 ――眠れなくて……クロッキー取ろうかな、って。
 ちずはバツが悪そうな顔で鉛筆の先を見つめた。
 クロッキーって、俺でかよ。
 ――寝顔なんて勉強にならねえだろ。
 ――なに言ってるの、なるよ! このへんとか、すごくいい形してるし。
 言いながら、毛布から出たままの俺の喉や首に触れてくる。
 ――鎖骨とか肩甲骨とか、見るとわかるでしょ。ドミの骨格ってすごくきれいなんだよ。
 ――自分で自分の骨なんか見れねえもん。それより、俺は目に見えるやわらかいもののほうが好きー。
 ……腰を引き寄せて胸に抱えると、いつも耳が熱を帯びた。
 小さな千鶴を抱き寄せて、その熱が自分の原動力になることをはっきりと悟るのが最高に好きだった。
 

「晩ごはん何が食べたい?」
 ちずは、いつも俺の好みを訊きたがる。
 気を使われると腹のどこか奥のほうがむずむずする。
 どうして自分の好きなようにしないんだよ。俺は俺のやりたいように生きてるのに。
 なんで自分のことより俺のことを優先するんだよ。
 俺ばかり甘やかされてるみたいでカッコ悪いじゃねえか。
 ……それって俺を好きじゃないからだろ?
 だからそんなことができるんだろ?
 そう口にだして言えたら、俺の恋女房はどんな顔をするんだろう――?

 


WEB拍手のお礼に載せていた小話です。
Deleted scenes from Rakuen-Cyayaと銘打っていたとおり、本編を書きながらボツッたシーン。